第636話 マウント

 幸い、自分の体から聞こえた気がした骨が軋む音は幻聴でした。


【よかったよかった】


 ははっ。

 もし本当に折れてたら本格的に癒しの使い手の確保が最優先になるところだったからね。

 妻と触れ合うたびに身体の心配をするのは本意ではないし、かといって身体は一朝一夕では鍛えられない。

 これは本格的にパパンに弟子入りして、身体強化魔法の習得に取り組むしかないか。

 そんなことを考えている僕の目の前では、エイミーちゃんに率いられたゴリ丸とドラゾンがオーガウルフの群れを蹂躙しているところだった。

 ゴリ丸は地下で初代様相手に奮闘してくれたのでわかっていたけど、ドラゾンもサイズダウンを経て小回りが効くようになり、より機動性が上がった印象だ。

 もちろんオーガウルフの脅威度を考えれば参考程度にしかならないんだけど、今後もバリューカやジャルティクの時のように屋内でドンパチやらかす必要に迫られる可能性を考えれば、実際に動きを確認しておいて損することはない。


「ゴリ丸ちゃんもドラゾンちゃんも素晴らしい動きです。恥ずかしながらついて行くのが精一杯でした」


 相応の大きさの群れだったにも関わらず、無傷で戦闘を終えた愛妻が苦い顔で首を振ってみせる。

 

「おやおや、僕の可愛いエイミーは謙遜が過ぎるようだね。この子達の動きについて行ける武人が、この世に一体どれだけいるだろうか」


 顔についた魔獣の返り血を拭いてあげながらそう言うと、エイミーちゃんが指を折りながら何かを数え、もう一度首を振った。


「少なくとも、我が家には片手の指では足りない程度にはいらっしゃいますもの」


 エイミーちゃんが折った指は七本。

 ジャンジャック、オドルスキ、メアリ、クーデル、フィルミー、ステム、ガブリエ。

 なるほど。

 そう考えると、腕力方面の人材は豊富で雇い主としてはウッハウハだ。

 年齢を考えればジャンジャックの引退後の心配をしないといけないんだろうけど、驚くほどその気配がない。

 本人も折に触れて現役続行を口にしているし、僕としてもまだまだ力を貸してもらいたいので、爺や本人が満足して納得するまで家来衆筆頭でいてもらうつもりだ。


「エイミーも含めて武官は充実しているからね。足りないのは、やはり中の仕事をする人材か」


 文官やメイドさんが足りないから増やさなきゃ! と言い始めて何年経っただろうか。

 驚くほど人材確保が進まない現状に、ヘッセリンクという家名が背負う業の深さを感じざるを得ない。

 僕の言葉に、エイミーちゃんも頬に手を当ててため息をつく。


「これだけ声を大きくして人を募っているというのに、難しいものですね。一度オーレナングに来てもらえさえすれば素晴らしさが伝わるのでしょうが……」

 

「我が家の求人に興味がある者をオーレナングに連れてきてみる、か。確かにデミケルやザロッタ、リセはそのうえで雇ったのだったな」


「はい。実際に我が家の雰囲気を感じてもらうことは大切なのではないかと。働くとなれば基本的にはずっと屋敷で過ごすことになりますし」


 エイミーちゃんの言うとおり、直接職場の雰囲気を感じてもらうっていうのは大事かもしれない。

 アットホームさや風通しの良さは、文字だけじゃ到底伝わらないものだから。


【職場見学により、素晴らしさを遥かに上回る恐ろしさが伝わる可能性に留意願います】


 その点はやむなし。

 森や地下に連れて行かなければそのリスクは回避できるけど、そもそも地下はともかく森や魔獣の脅威を知らないままオーレナングで仕事をしてもらうわけにはいかない。

 デミケル達を早い段階で職場見学に連れ出したのも、最大限の誠意の表したつもりだ。


【記憶が正しければ楽しんでいらっしゃったように思うのですが】


 あの三人は我が家への適性が高そうだったからついつい、ね。

 一般的な就職希望者が相手なら楽しんだりせず、より誠実に対応することをコマンドに誓います。


【承りました。もし誓いを破った場合、先日お預かりしたボロボロになったお洋服を、アリスの目の前でお返しすることにしましょう】


 あ、それはいけない。

 この約束だけは必ず履行しなければ。


「それに、オーレナングに来てみたいという時点で、ヘッセリンク伯爵家にぴったりの……、そう、期待の持てる特殊な人材である可能性が高いです」


「そこは変に言葉を選ばず、はっきり変人と言えばいいだろう」


「失礼しました。でも、レックス様のもとに集う変人は、みんな素晴らしい人材ですよ?」


 渋い顔で指摘する僕を見て、エイミーちゃんが宥めるように笑った。

 妻も家来衆も、僕が能力の高い変わり者をコレクションしていると思ってる節があるけど、こちらにそんなつもりは全くない。

 雇った人材の大半がたまたま変人だった。

 それが事実だ。

 

「変わり者でなくてもいい。真面目に誠実に仕事をこなしてくれるなら文句は言わないし、大歓迎さ」


 そのうえで変人だというなら、それもまたよし。

 幸いそれを受け入れる土壌と、使いこなすノウハウが我が家にはある。

 

【ノウハウとは?】


 よりぶっ飛んだ変わり者をぶつけることで、これには勝てないとわからせることですね。


【変人マウント怖い】

 

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