第635話 メキメキっ!

 セアニア男爵から、フィルミー、メアリと共に娘に嫌われないための十ヶ条をご教授いただいた翌日。

 接待対象の男爵が二日酔いで立ち上がれないようだったので、エイミーちゃんを連れて森に出る。

 メアリやフィルミーが護衛につくと言ってくれたけど、夫婦水入らずの時間を過ごしたいと強く訴えたことで、一日森林浴デートを楽しむことを許された。

 ただ、目的が森林浴とはいえそこは魔獣の棲処であるオーレナングの森。

 夫婦で腕など組んで歩いていても、空気読みが苦手らしい魔獣達が次々と襲ってくる。

 その大半を終始ご機嫌なエイミーちゃんが笑顔で焼き払い、殴り倒し、蹴り飛ばしてくれたんだけど、ちょうどいい機会なので地下で成功した召喚獣のサイズダウンを試してみることにした。


「おいで、ゴリ丸! ドラゾン!」


 喚び出した途端、すくみ上がるような咆哮でユニゾンしてみせる二頭。

 どうやら、木々に隠れた魔獣達を威嚇して追い払ってくれたらしい。

 気が利くこと。

 邪魔が入らない環境が整ったので、地下での感覚を思い出しながら二頭の魔力を同時に圧縮し、サイズダウンを行う。

 目の前でみるみる小さくなり、最終的に二メートルを切るくらいまでになったゴリ丸達を見たエイミーちゃんが、興奮気味に二頭に駆け寄った。


「まあ! ゴリ丸ちゃんとドラゾンちゃんがちっちゃく! か、可愛い!」


 はあはあと荒い息を吐きながらゴリ丸を抱きしめ、ドラゾンの頭を撫で繰り回す。

 わかるよ。

 可愛いものを見た時って、自分を抑えられなくなるよね。


「そうだろう? 大きくても可愛いが過ぎるこの子達が、小さくなることでさらにその愛らしさを増した。ほら、エイミーに褒められて二頭も喜んでいるみたいだ」


 二頭がお返しとばかりにハグを返したり体をすりすりしたりしている。

 

「ふふっ。見た目が変わっても甘えん坊なのね。いい子いい子」


 魔力を圧縮したことで、サイズと引き換えに強靭さを増したはずの二頭に同時に戯れつかれてもびくともしない妻のフィジカルからは目を背けておこう。

 ただただ可愛い。

 それでいい。


「可愛い妻と可愛い召喚獣が戯れている。これ以上幸せな光景が他にあるだろうか」


「そんなことを仰っていると、サクリとマルディが拗ねてしまいますよ?」

 

「それはいけない。昨晩はセアニア男爵から子供、特に将来娘に嫌われないためのあれこれを教わったばかりだからな」


 これをやったから娘に距離を取られたという豊富な実例を交えながらの講義に、僕とフィルミーはもちろん子供が生まれたばかりのメアリも真剣にペンを走らせていた。

 

「今朝それを聞いたイリナがどの口が言っているのかとまた目を吊り上げていましたね」


 エイミーちゃんが思い出したように笑う。

 

「イリナのあれはセアニア男爵が嫌いとかそういうことじゃなく、男親に構われることへの照れ隠しだろうな」


「男爵様が距離感さえ間違わなければとても仲のいい親子に見えますものね。イリナ曰く、尊敬はしているけどとにかく距離感を間違えることが多過ぎるらしいです」


 世のお父さん方の大半が子供に対する距離感バグを抱えていたって驚かないが、セアニア男爵はより深刻なバグを抱えているようだ。

 

「肝に銘じておこう。サクリにお父様嫌いなんて言われた日には、森に向けてうっかり全力でウインドアローを撃ってしまいそうだ」


【うっかりで領地を死の大地に変えるのはご遠慮ください】


 気をつけます。

 今から意識して振る舞えば最悪の事態は避けられるはずだからね。

 目指せ、子供達からカッコいいと言われるお父さん。

 

「ご安心ください。このエイミー、既にサクリへの教育を開始しております。マルディにも順次実施予定です」


 お、マイプリティワイフが若干怖いことを言い始めましたよ?

 どこか焦点が合ってない風なのに、なぜかまっすぐこちらを見ていることがわかる。

 この目をしているときは、まずい。


「……一応、教育の内容を聞いておこうか」


「はい。毎晩寝かしつける際、これまでレックス様が成し遂げられてきた素晴らしい功績を聞かせるようにしています」


 内容によってはセーフ。

 ただ、自分が成し遂げた子供に聞かせていいラインの功績が思い浮かばない。


「詳しく」


「そうですね。アルテミトス侯爵領への進撃などは、サクリからもせがまれて何度も聞かせていますし、召喚獣と共にブルヘージュ国内を練り歩いてたお話も好評です。あと、バリューカには私もご一緒してますのでそちらも」


 殴り込みの物語オンリーじゃないですかやだー。

 お伽話もそれに近い?

 馬鹿を言ってはいけない。

 あれらにはなんらかの教訓が含まれているけど、僕のストーリーにはそれがない。

 ただのカチコミストーリーだ。


「とんでもなく喧嘩っ早い父親だと誤解されないか心配なのだが」


 なんと答えていいかわからずギリギリそれだけ絞り出すと、愛妻が僕の腕に抱きついて顔を見上げてくる。


「うふふ。心配無用です。それと合わせてレックス様という男性がいかに素晴らしいかも、もちろん伝えていますから。こちらも詳しくご説明いたしましょうか?」


 可愛い。

 親父のカチコミストーリーと惚気の二本立てはきついだろうとか色々あるけど、エイミーちゃんが可愛いからオールOKということで。


「いや、問題ない。では僕もサクリとマルディにエイミーの可愛いところを毎日一つずつ伝えないと公平とは言えないな。いや、一日一つだと時間が足りない。二つ三つ教えたとて一生かかっても伝え切れるかどうか」


 そう言って微笑みかけると、頬を赤くしたエイミーちゃんが視線を逸らし、そのまま流れるようにサイドからのハグに移行する。


「もう! レックス様ったら!!」


「ぐっふ……! ははっ。エイミーは、ゴリ丸達に負けず劣らず甘えん坊だね」


 抱きしめられた瞬間聞こえた気がしたメキメキっという音よ。

 どうか幻聴であれ。

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