第634話 お客様いらっしゃい

 狂信者コンビとともに召喚獣との日向ぼっこを楽しんだ数日後。

 オーレナングにお客様がやってきた。

 一時期結構な頻度で人が訪ねてきていたこともあったけど、こんな西の果て、基本的には好き好んで遊びにこようと思われる場所ではない。

 それでもわざわざ来るのは身内くらいのもの。

 今回のお客様も、そんな身内の一人だった。

 アリスとイリナに渡されたお客様応対用の信じられないくらい派手な服を着て客間に入ると、ソファにかけていたおじ様が笑顔で立ち上がる。


「やあ、お邪魔していますよ。ヘッセリンク伯」


「ようこそ、セアニア男爵。さ、お座りください」


 当代セアニア男爵。

 我が家の家来衆、メイドのイリナのお父さんで、僕の親しくしているおじ様のなかでは珍しく筋肉偏重系ではなく、文官、しかもどちらかというとラスブランのお祖父ちゃんに近い性質の持ち主だ。

 

「家来衆にもお土産をいただいたとか。お気遣いいただき恐縮です」

 

 僕が頭を下げると、気にするなとばかりに手を振りながら苦笑いを浮かべるセアニア男爵。


「大したものではありません。アドリアが生まれた際にこちらに送って、娘からの怒りの手紙と共につき返されたものが大半ですからね」


「ああ、男爵殿が盛大に血迷われた時のあれですか」


 血迷った時のあれ。

 それは、誰がこんなに着るんだと我が家の女性陣が呆れ果てた、大量の子供服のことだ。

 常識の範囲を遥かに逸脱した父親の愛に怒り狂ったイリナが着払いで送り返してたっけ。


「ええ、まさに。いやあ、妻にも息子達にもだいぶ叱られました。一部は領民に配ったのですが、それでも屋敷の一部屋を占領する程度には残っておりまして」


「どれだけ用意していたのですか」


 僕の質問に曖昧な笑みを浮かべただけで明確な答えがないところをみると、相当な金額を注ぎ込んだんだろう。

 

「聞けばご家来衆に双子が生まれたとか。物は確かですので、私を助けると思って使ってもらうよう伝えてください」


 男爵といえども立派な貴族だ。

 イリナのお父さんらしくご本人もおしゃれなおじ様なので、用意した子供服の質も高いらしい。

 

「ありがとうございます。お礼になるかわかりませんが、ご家族に土産を用意させましょう。鹿肉の塩漬けがいい具合だと聞いていますので」


「それは嬉しい。婿殿がたまに送ってくれるのですが、どれもこれもどんな酒にも合うのですぐになくなってしまうんですよ」

 

 わかる。

 我が家でもマーダーディアーの後ろ脚を塩漬けにしたもの一本あれば、小さい酒屋の在庫がそっくりそのままなくなるくらいにはお酒が進むからね。


「よろしければこれから一杯いかがですか? フィルミーも呼んで軽めに」


【一杯だけ。軽めに。ほんとに?】


 よろしければこれからめちゃくちゃ飲みませんか? 

 フィルミーも呼んで吐くまで。

 うん、この誘い文句はOUTだ。

 

「婿殿を呼んでいただけるならちょうどいい。いや、領民達から、娘と婿殿は帰ってこないのかと苦情が届いておりまして。もちろんヘッセリンク伯のご了解をいただかなくてはなりませんが、一度イリナとアドリアを連れて顔を出してほしいと頼もうと思っていたところです」


 二人ともよく働いてくれてるから帰省くらい問題ないけど、それくらい伝える機会はあったのでは?

 首を傾げた僕の言いたいことがわかったのか、セアニア男爵がゆっくりと首を横に振る。


「……娘が、私と婿殿が二人で話すのをとにかく嫌がるのですよ。それが他愛もない立ち話でも、見つけた瞬間尻尾を踏まれた猫のように目を吊り上げてそれはもう」


 この部屋に来る前にイリナ達の離れでお茶をしていた時も、娘のタイトなマークに遭ってフィルミーと話ができなかったらしい。


「おやおや。イリナがフィルミーを心から愛しているのは知っていますが、父親にまで嫉妬の炎を燃やすとは。いささか行き過ぎな感は否めませんね」


 父親ですら愛する夫に近づけたくないとなると、それはだいぶ心配になるレベルだ。

 

「いえ。嫉妬というか、前回二人で我が領に来てもらった時、良かれと思って娘の幼い頃の失敗談を余すことなく伝えたのが原因でしょうな」


「なぜそんな余計なことを」


「親としては娘の可愛さを伝えるための手段だったのですが、恥をかかされたと顔を真っ赤にして叱られましたから」


 なるほど。

 子供の頃の可愛いエピソードを伝えることで娘をより愛してほしいと、そういうことか。

 それが裏目に出たわけだ。


「娘をもつ身として、私も気をつけることにいたします」


「そうしてください。イリナには、心配しなくてもお前の失敗はもう全て伝えてあるからこれ以上新規で伝えるものはないと言っているのですが」


「なぜそんな余計なことを」


「娘の嫌がる顔すらも可愛い。そういうものです」


 ニコリと爽やかに微笑むセアニア男爵。

 あ、この人ダメな親父だ。


「なるほど、自業自得だ。そしてそれを反省しているように見せかけて楽しんでいらっしゃる。ラスブラン侯が貴方を派閥に誘った理由がわかります」

 

「おや、古い話をよくご存知で。当代ラスブラン侯の『決して誤らない』という在り様は、一貴族として尊敬し、憧れてもいましたが、同時にあそこまでは徹底できないと泣く泣くお断りした次第です」

 

「あの祖父が自ら派閥に誘うくらいですから、セアニア男爵への評価は推して知るべしというもの。義父であるカニルーニャ伯も、ラスブラン侯と男爵殿はどこか似ていらっしゃると」

 

「あっはっは! 過大評価です。それでも強いて似ている点を挙げるなら、娘への愛情表現方法がどうしようもなく下手なところくらいでしょう。あの『決して誤らない』ラスブラン侯が、唯一誤った部分らしいですからね」


 

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