第633話 信じるものは
ある晴れた日のこと。
暑くもなく寒くもない気候のなか、屋敷の庭に僕の召喚獣達とサクリの召喚獣である次元竜ピーちゃんが勢揃いし、日向ぼっこをしていた。
先程までサクリの追いかけっこの相手をしていたミケとミドリはすでにへそ天状態で爆睡しており、ピーちゃんもミドリのもふもふのお腹を枕に小さな寝息を立てている。
一方、お兄さん組のゴリ丸とドラゾンは二頭で並んで地面に腰を下ろし、落ち着いた様子で寝ている弟妹達を見守っていた。
マジュラス?
ユミカから、最近ふれあいが少ないと不満を訴えられたようで、エリクスの授業を受けている姉貴分を見学しているためこの場には不在だ。
今庭にいる人間は、僕、サクリ、そして今日は非番らしい若手文官デミケル。
デミケルはオーレナングに来た当初こそ召喚獣を怖がっていたけど、今やゴリ丸やドラゾンを撫で繰り回すまでに慣れている。
「お昼から素敵な光景が広がっている。今日はどんな趣向?」
召喚獣達がたむろする癒し空間で穏やかな時間を過ごしていると、森で狩りをしていたらしいステムがやってきた。
「すてむ!」
デミケルに抱っこされていたサクリが身を乗り出しながらブンブンと手を振る。
どうやらステムに抱っこしてほしいらしい。
「姫様は今日も甘えん坊」
デミケルからサクリを受け取ったステムが頬を緩めながらあやし始める。
この光景だけを切り取れば、誰もこの小柄な女性を召喚士だとは思わないだろうし、ましてや抱っこしている子供を姫と崇める狂信者だなんてわかるはずがない。
「サクリが召喚獣達に会いたいと言うものだからな。たまにはいいかと思ってみんな呼んでみたんだ」
「それならよかった。また伯爵様がどこかに攻め込むんじゃないかと思って、心臓が跳ねるのを必死に抑えてた。おいで、ボークン」
喚ばれたボークンがまわりをきょろきょろと見回したあと、ゴリ丸とドラゾンのグループに加わる。
うん、より落ち着きが増したな。
「僕も好き好んで国の外に出向いたりはしない。本当は歴代当主の皆さんのように、基本的にはオーレナングに籠っていたいんだ」
僕の言い分に、ヘッセリンクマニアな部分があるデミケルがなるほど、と頷く。
「伯爵様は奥様もこちらにいらっしゃいますし、先々代様や先代様のように足繁く国都に向かわれる必要がありませんからね」
奥さんに会うために国都に行く以外は、領地で魔獣と戦い続けるバーサーカー。
それがヘッセリンク伯爵という生き物だ。
さらに僕の愛妻は常に側にいてくれる。
それを考えれば歴代でも屈指のお篭もり伯爵になるはずなのに、僕が領地を空けることの多いこと多いこと。
長期出張から帰るたびに反省するものの、何かの力が働いているように、僕を家から遠い場所に誘ってくれるから不思議なものだ。
「本当なら年に一度も国都に向かう必要はないのに、年の半分くらいオーレナングにいない」
ステムがサクリを抱いたまま呆れたように言うが、実際そうなんだから反論のしようがない。
「実に耳が痛い話だ。先日も初代様に家を空けすぎだと指摘されたところさ」
家族が待ってるから早く帰らなきゃ、に対して、体鍛えるために百日も留守にしてた旦那が何言ってんだ、とこうである。
降参するように両手を上げる僕を見て、デミケルが笑う。
「ヘッセリンク伯爵といえば、望む望まぬに関わらず大小様々な事件に巻き込まれ、それらを解決してきた豪傑の名前です。それを考えればある程度は仕方のないことかと」
僕、というかヘッセリンク伯爵家全肯定勢のデミケルが言うと、こちらは僕やヘッセリンクではなくサクリ至上主義を貫くステムが、珍しく片方の唇を吊り上げるように笑った。
「デミケルの言うとおり。ヘッセリンクが事件を引きつけて、ヘッセリンクがそれらをねじ伏せる。それがヘッセリンク」
そんなマッチポンプあってたまるかと呆れる思いだったけど、デミケルはステムの考えを肯定するよう、いいこと言った! とばかりに深々と首を縦に振る。
「お前達、妙なところでわかりあうんじゃない。まあ、僕が当面大人しくしておこうと口にするたびにあっちやこっちやと出掛ける羽目になっているのは否定しないが」
「私は外に打って出る護国卿に憧れがあります。なので、何かあった際には表向き一応お止めしますが、内心はワクワクしてしまうかもしれません」
それ、非番だからってポロリしていい本音じゃないと思うな僕は。
「そんなことを正直にいう奴がどこにいるんだ。それはお前の胸の内に秘めておけ。ハメスロットに知られたらとんでもない大説教をくらうぞ」
ハメスロットのそれはキくからね。
あれを食らったら、流石のジャンジャックも一日はしょんぼりしているんだから。
「安心してほしい。姫様が大きくなって何かしら打って出ざるを得ない時が来たら、私も一緒に打って出る。伯爵様はオーレナングでどんと構えていてもらっていい」
なにを安心すればいいんだ。
娘が打って出たとき、お供が何やっても全肯定な狂信者?
だめだ。
1ミリもいい予感がしない。
しかし、ここにいるのは対象は違えど強く信じる対象がある者同士だ。
「流石はステムさん。側仕えたるステムさんが一緒なら、お嬢様もそれは心強いことでしょう」
響き合ったようにニンマリと微笑み頷きあう。
だからわかりあうなと言ってるだろうに。
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