第632話 攻守交代

 地下での激しい闘争を終えた僕は、汚れた服をアリスに見つからないよう最大限気配を殺して部屋に戻った。

 服はコマンドに保管してもらったので証拠隠滅も完璧だ。

 その後、まるで何事もなかったようにいつもどおりエイミーちゃんとのお茶の時間を過ごす。


「まあ、初代様と毒蜘蛛様と炎狂い様が。それはぜひ拝見させていただきたかったです」


 地下で起きたことをお茶請けがわりに話すと、エイミーちゃんが前のめりで聞いてくれる。

 愛妻はこの手の話が大好きだからね。

 もちろん僕がそこに加わったなんてことには触れない。

 どこでボロがでるかわからないから、あくまでも死んでなおやんちゃなご先祖様達が戯れ合っていたことにしておく。

 

「剣王様はいいのかい?」


「私は剣も槍も嗜みませんので参考にできないのです。毒蜘蛛様と先々代様は身体の動かし方がとても参考になりますし、初代様は魔法使いの高みにある方。魔力の使い方がとても勉強になります」


「エイミーは勉強家だな。夫として頼もしい限りだ」


 妻のやる気には本当に頭が下がる。

 今度グランパとひいおじいちゃんにお願いして、エイミーちゃんのために目の前で一戦交えてもらおうかな。

 

「ヘッセリンク伯爵夫人として当然のこと。慣例を破ってまで私がオーレナングに常駐させていただいているのは、有事の際には武官の一人として対応するためですもの」


「おやおや。僕と一緒にいたいから、とは言ってくれないのかな?」


「もう! そんな意地悪仰らないで!」


 エイミーちゃんがハムスターのように頬を膨らませて僕の腕をポカポカと叩いてくる。

 はたから見たらイチャイチャしているように見えるだろうが、フィジカル差が普通の夫婦のそれとは段違いの僕達。

 このポカポカが、実はものすごく痛い。

 しかし、ここは我慢だレックス・ヘッセリンク。

 ここで僕が痛んだ素振りを見せたら、可愛い妻が悲しむぞ!


「は、はっはっは! 冗談だよエイミー、冗談だ。さ、落ち着いて。いやあ、今日も愛妻が可愛くて幸せだ」


 そう言いつつ肩を抱き寄せると、抵抗することなく僕に寄り添ってくれた。

 僕が人知れず被害を最小限に食い止めていると、じっとその様子を眺めているサクリの顔をメアリが片手で覆う。


「ほらお嬢。見ちゃいけねえぜ」


「目隠しをするんじゃないメアリ。別にいいだろう。仲のいい両親の姿を見せることはなんら悪いことじゃない」


 見た目は仲良し夫婦のじゃれ合いにしか見えないんだから。

 サクリの視線の意味が、『あ、親父めっちゃ痛いだろうな可哀想に』でないなら、全然見てもらって構わない。


「慎みを持ってくれって言ってるんだよ。うちのガキどもまで兄貴達みたいなのが当たり前だと勘違いしたらまずいだろ」


 この弟分はおそらく、自ら特大かつ鋭利すぎるブーメランを放ったことに気づいていないだろう。

 ならば、頼れる兄貴分としてその事実をしっかり伝えおこうじゃないか。

 

「メディラとシャビエルは僕達如何に関わらず人前でイチャイチャするのが当たり前だと認識すると思うが? なんせ、両親がメアリとクーデルだからな」


「否定できねえからできるだけ二人の前ではくっつくなって言ってるよ」


「つまり二人がいないところではくっついても構わないということです。そう、このように」


 なるほど予防線は張ってるわけだな、と感心したのも束の間、メイド仕事に復帰したクーデルが旦那と寄り添うにそっとくっついた。


「だあっ! やめろ! 仕事中に雇い主夫婦の前でもくっつくの禁止だ!」


「別に雇い主の前だからと遠慮することはないぞ。なあ? エイミー」


「ええ、もちろん。むしろもっとくっついていてもいいと思うわ。メアリとクーデルが寄り添っている姿は目の保養になるもの」


 メアリとクーデルのツーショットは当代ヘッセリンク随一の美を誇っているからね。

 そんな二人がネコとネズミよろしく仲良く追いかけっこをしてる姿はいつ見ても癒される。

 そんなことを考えていると、メアリが深々とため息をつき、何を思ったのかクーデルに向かって両腕を大きく広げた。

 

「……よし、わかった。じゃあ、お望みどおりくっついてみるか。こっちこいクーデル」


「え……?」


 おおっと!!

 ここでメアリが繰り出したのは、まさかのハグ要求!

 しかも、抱きしめに行くのではなく、僕の胸に飛び込んでおいでタイプの要求だあ!

 これには普段攻め一辺倒のクーデルも顔を真っ赤にしてオロオロしているぞお!

 

「ちょ、ちょっとそれは。……そう、仕事中よ? よくないと思うわ。サクリお嬢様も見てるのだから」


 焦るクーデル。

 その顔を見たメアリが信じられないくらい優しい微笑みを浮かべながら来い来いと手招きをしてみせる。


「大丈夫大丈夫。雇い主夫婦が構わねえって言ってんだから。いつでもどこでもくっついてろってお墨付きだぜ?」


 腕を広げたままじりじりと距離を詰めるメアリと、何に追い詰められてるのか動揺を隠そうともせず後ずさるクーデル。

 

「いや、でも。あの、伯爵様、奥様。子供達の様子を見て参りますので、失礼します!!」


 クーデルが脱兎の勢いで部屋の外に駆けていく。

 その背中を見つめながら肩をすくめる弟分をみて、珍しく完勝だなと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。

 

「相変わらず攻められると信じられないくらい弱いなクーデルは。あとメアリ。恥ずかしいなら無理しなければいいだろう」


 顔、真っ赤だよ?


「うるせえや!」


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