第631話 弟子入り

 交代?

 ここまできてですか?

 サイズダウンして並ぶゴリ丸とドラゾンだけじゃなく、他の召喚獣のみんなもやる気満々だ。

 いくら尊敬するひいおじいちゃんの頼みでも、この状況で見せ場を譲ってくれと言われて二つ返事では。


「お任せします」


「おう、任された」


【ですよね。知ってました】


 笑顔の毒蜘蛛様、渋面の剣王様と高らかにハイタッチをかわし、召喚獣を引き連れて退場すべく意気揚々と出口に向かう。

 が、そんな僕の行く手を阻むようにどっかんどっかん黄金の弾丸が撃ち込まれた。

 

「どこに行こうというのかな? レックス」


 ニコリ、としか表現できないような笑顔なのに威圧感満載な初代様が、狙撃した体勢のままそう尋ねてくる。

 どこに行くのかと言われても答えは一つしかない。

 

「ひいおじいさまの許可が出たのでそろそろ帰宅しようかと。あまり遅くなると妻と子供が心配しますので」


「身体を鍛えるためだけに百日も家を留守にする男の言葉とはとても思えないね」


 はっはっは!

 ほんとにぐうの音も出ない。

 これにはゴリ丸を筆頭に召喚獣達すら僕から目を逸らす有様だ。

 反省してるって。


「ようやく温まってきたところだから、もう少し付き合っておくれよ。本当は本気のレックスと心ゆくまで殴り合ってみたいけど、この際ジダやソクラスが乱入するのはまあ、誤差と思うことにしよう」


 毒蜘蛛と剣王の参戦が誤差だって? 

 僕ならどっちも一対一でお相手したくない猛者達だ。

 剣王様とは何度か手合わせをしたけど、普段は群を抜いて穏やかで優しいこのおじ様も、蓋を開けたらやっぱりヘッセリンクだった。

 ひいおじいちゃんは言わずもがな。

 個人的やばいヘッセリンクランキングでは、僅差の二位に位置するグランパを抑えて堂々の一位に君臨している。

 その二人を誤差扱いか。

 流石は初代様だと感心していると、毒蜘蛛さんと目が合う。

 この目配せは……、オーライ。


「毒蜘蛛と剣王を捕まえて誤差とは……。強がりでしょうか。いや、もしこれが本音だとすると、残念ですがそれはもう……」


 意味ありげに、しかしどこか悲しげに目を伏せながらゆっくりと首を振ると、ほんの微かに唇を吊り上げた毒蜘蛛様も僕に合わせるよう寂しそうな笑みを浮かべ、次いで哀れみを含んだ視線を初代様に向ける。


「ああ、坊主の言うとおりだ。戦力差を正確に判断できねえとは……気づかねえうちにそこまで耄碌しちまってたのか。老いっつうのは、怖えよなあ」


 ひいおじいちゃんからのアイコンタクトの意味。

 

『煽るぞ。合わせろ』


 どうやら正解だったらしい。

 そしてその効果は抜群だったらしく、初代様の額に漫画のように太い血管が浮き上がり、怒りを糧にしたように身体が一段大きく盛り上がる。

 そして、地下を明るく照らしていた黄金は深さと暗さを増し、見る者の不安を掻き立てるような怪しい輝きを放ち始めた。

 

「……よし。二人には死んでもらおうかな」


 そう呟くと同時にノーモーションで放たれた二つの金色の棘。

 毒蜘蛛様は首を傾けただけで躱し、僕はマジュラスの瘴気がギリギリ間に合って事なきをえる。

 トドメに使う技にしては地味すぎやしませんかねえ!?


「はっはあ! 坊主、挑発支援ご苦労。本当にもう帰っていいぜ。あの状態の初代のジジイは最高の獲物だ。もちろん、ひいおじいちゃんに独り占めさせてくれるよなあ?」


 変態だ、身内に変態がいる!

 ただ、こんなに頼もしいと思える変態も珍しいだろう。

 そんな頼れる変態に支援物資のおすそ分けです。


「今度こそ本当にお任せします。あ、ひいじいさま。念のためにこれを」


 何を渡したかって?

 もちろん初代様用特効アイテム、緑の葉っぱさ。

 これには皮肉な笑み以外は仏頂面のひいおじいちゃんもニッコリだ。


「お、気が利くじゃねえか。持つべきものは優秀なひ孫だな」


「おそらく祖父の教育が良かったのでしょうね」


「祖父があれでこのくらいの歪みで済んでるなら立派なもんだ。胸張っていいぞ坊主」


 曾祖父と祖父の言葉の応酬が、新たな火種を生む。

 

「初代様、事情が変わりました。加勢いたします。あのクソ親父の首を奪らねば明日を迎えられません」


 グランパが初代様側に付き、ヘッセリンク史上、最悪の属性魔法使いタッグが結成される。

 

「まあ、いいだろう。わざわざジダにあの葉っぱを渡したことについてははらわたが煮えくりかえる思いだけど、レックスとはまた別の機会に語り合うとしようじゃないか」


 語り合うが殴り合うに聞こえるのは、僕が疲れているからだろうか。


「初代のじいさんとプラティだと!? 最高じゃねえか! よっしゃ、いくぜ!!」


 最高とは何か。


【哲学ですね】


「本当にいいのかレックス。わざわざ召喚獣の大きさを変えるなんて手法をさらしたというのに途中棄権とは」


 ヘッセリンクの正しい在り方を体現したように暴れるご先祖様達を尊敬するやら呆れるやらの思いで眺めていると、パパンが声をかけてきた。


「僕は皆さんと違って歴代ヘッセリンク最強なんて目指していませんから。あくまで今のところは、ですが」


「欲のないことだ。今日のお前を見て、あるいはと思ったのだが」


 パパンの目にそう映ったのなら、以前よりも成長できているということ。

 今日のところはそれで十分だ。

 

「今の僕では完全に経験不足です。いいところまではいけても結局負けて終わっていたでしょう。そういう意味でも、経験を積むために召喚術を学べる場を探していたのですが」


 召喚術はこれまでどおり独学で学ばざるを得ないことが確定的だからね。

 あとはサルヴァ子爵からの返事待ちだけど、期待薄だろう。


「お前に理論を叩き込んだところでおかしなことになるだけだろう。まだ身体強化魔法を修めたほうが利がある」


「僕もそう思います。なので、今度教えてください。父上に弟子入りしましょう」

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