第614話 命名

命名。

双子の女の子に、メディラ。

男の子に、シャビエル。

ほぼアデルとビーダーが考えたと言っても過言ではない名前の案だけど、名付けを頼まれて計四日掛けただけあって、自信を持って提示できる名前だ。


「どうだろうか。メアリ、クーデル」


 クーデルの部屋で二人に子供の名前を告げると、なぜかリアクションがない。

 クーデルは何度もメディラ、シャビエルと呟きを繰り返し、メアリはこちらをじっと見つめるだけ。

 え、やだ怖い。


「メアリ? おい、聞いているか?」


 顔の前で手を振ってみると、メアリの肩がビクッと跳ねる。

 

「……はっ! すまねえ兄貴。いや、想像を遥かに超えるまともな名前が出てきたから思考が止まってたわ。メディラにシャビエル。すげえいいよ」


 そう言って美しい顔に満面の笑みを浮かべたメアリ。

 受け入れるだけではなくすごく喜んでくれているのはわかるんだけど、一つ引っかかる。


「想像を遥かに超える? ちなみにどんな名前が出てくると思っていたのか言ってみろ」


「メアリとクーデルだから、二人の名前を混ぜてメーデルとか、クアリとか。下手したら闇蛇丸とか。そんなんが出てくると思ってた」


 そのリスクを負ってまでよく僕に子供の名付けを任せたなメアリ。

 いくら僕でも闇蛇丸はない。


【没にしたなかには蛇関連と闇関連の名前が多く見られたはずですが】


 気のせいさコマンド。

 さ、お口にチャックだ。

 まあ、闇蛇丸はあまりに酷いけど、メーデルとクアリに関してはなくはない気がしないでもない。

 いや、やめておこう。

 僕が得意なのは召喚獣の名付けだけだと今回判明したからね。

 人の名前をつけるのは苦手だと甘んじて受け入れようじゃないか。


「素晴らしい響きです。メディラ、シャビエル。やはり伯爵様にお願いして正解でした。メアリとの子供達に素敵な名前をありがとうございます」


 クーデルも気に入ってくれたみたいで一安心。

 ただ、今回は僕の手柄でもないので、助っ人の存在はちゃんと伝えておく。


「礼ならアデルとビーダーに言ってくれ。正直、僕一人ではまったくいい案が浮かばなくてな。結局二人の力を借りた」


「アデルおばちゃんとビーダーのおっちゃんも考えてくれたのかよ」


「お前達二人の親代わりなんだ。その権利はあると思ってな。余計なことだったか?」


 そう尋ねると、そんなことないと首を横に振り、嬉しそうに笑ってみせるメアリ。

 

「まさか。そっか、親父とお袋が子供の名前を考えてくれたって思えばいいんだな」


 可愛いなおい。

 僕でもそう感じてしまうんだからメアリスキー筆頭たるクーデルは……、旦那を上回る笑みを浮かべてその顔を見つめていた。

 そうでなくっちゃ。


「こんな顔を見せられたら、惚れ直してしまうな」


「もうこれ以上好きになる余地などないと思っていたのですが、結婚した後も次々と新しい顔を見せてくれています。まったく私をどうしたいのかと」


 頬に手を当てて幸せそうにため息を吐く奥様にどうしたいのかと問われたメアリ。

 笑顔のままその手を握ったかと思うと一転、真顔で言う。

 

「もう少し落ち着かせたい」


 本気の申し入れだなこれは。

 でも、メアリ界隈で落ち着いてるクーデルなんてクーデルではないと思うので、個人的にはそのままでいてほしい。


「ちなみに、アデルとビーダーには双子が独り立ちするまで引退は許さないと伝えておいたからな。一層頑張ってくれることだろう」


 親代わりの二人にそんなエールが送られたことを知ったメアリが呆れたように肩をすくめる。


「鬼かよ」


「天使ではないな。まあ、人が増えたとはいえ余裕があるわけじゃない。今アデルとビーダーに老け込まれては困るんだ」


 アデルの思い残すことはない発言を説明すると、二人が納得いったとばかりに頷いてくれる。

 おじ様おば様をこき使わざるを得ない体制をどうにかしないといけないというのは、我が家の共通見解だ。


「ガキどもが全員ヘッセリンクの家来衆になるにしてもまだまだ先だからなあ。ユミカですら最低4、5年はかかるだろ」


「子供達を無理にヘッセリンクに取り込むつもりはない。合う合わないというのは必ず存在するからな。適性を見てお前達が考えてやってくれ」


 親の上司に忠誠を誓う必要はない。

 他にやりたいことがあるならそちらに向かう手助けをしてあげた方がその子のためになるし、きっとそれがレプミアのためになるだろう。

 しかし、若い両親は僕とは考えが違うようで、揃って首を傾げる。


「生まれた時からオーレナングにいてヘッセリンクの家来衆以外を目指すなんてあり得るかしら」


「ねえだろ。ユミカのやつ見てみろよ。一番身近な貴族がレックス・ヘッセリンクなもんだからもう大変だよ」


 何がどう大変なのか知りたいような知りたくないような複雑な気分だが、この点については一応反論の余地がある。


「それは本当に僕のせいか? ユミカの場合はジャンジャックやオドルスキの影響が大きいと思うが」


「だから、その二人と兄貴だろ? もう大変よ。まあ、兄貴が言うなら子供達の将来を強制したりしねえって約束するよ。ただ、確実に俺達と同じ列に並ぶと思うぜ? 楽しみにしておけよな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る