第615話 御接待

 クーデルの出産に伴うあれこれが無事に終わり、オーレナングが落ち着きを取り戻した頃。

 すっかりヘッセリンク御用達のお医者さんになっているフリーマが国都に帰る日が近づいてきた。

 フリーマには、サクリにマルディ、アドリアにメディラにシャビエルと、現在屋敷にいる全ての赤ん坊がお世話になっている。

 報酬は多めに渡しているものの、それとは別にお礼がしたいなと考えた結果、初対面の頃から隠そうとしても隠しきれていない、先生の趣味の部分を突いてみることにした。

 サプライズのステージは屋敷の食堂。

 シチュエーションはカジュアルな宴会。

 何も知らずに食堂に連れてこられたフリーマが、そこに集う面子を見た瞬間膝から崩れ落ちる。


「ふぉう!? こ、これは一体!? 伯爵様、ご、ご説明を!!」


 ナイスリアクション先生。

 初手『ふぉう!?』は芸術点高めです。


「ご説明もなにも。ただの宴会だが。子供ができるたびにフリーマ医師に無理を言っているからな。ほんの礼だ」


 腰が抜けたらしいフリーマにそう声をかけると、ブンブンと激しく首を横に振る。

 

「困ります! 先日もお伝えしたとおり、十分という言葉では表せないほどの報酬を頂戴しておりますのに。師匠や兄弟子達に知られたら叱られてしまいます!」


 お医者さんとしての倫理観からか、必要以上の報酬は受け取れないと言うが、その視線は居並ぶ面子に釘付けだ。

 そっと背中を押してあげよう。


「なに。フリーマ医師が黙っていればバレやしない。それに、接待くらいならどこの貴族でもあることだろう?」


「それはまあ、癒しの使える魔法使いは貴重だということでお声かけがあるのは否定しませんが」


 医者なんて家来衆にいたらいてくれるだけいいに決まってる。

 そこにもってきて水魔法にも長けているとなればそれはもう引く手数多だろう。

 

「心配するな。貴女をオーレナングに引き抜こうなどと思っていない。いや、もちろん自主的に来てくれるなら歓迎するが、そのつもりはなさそうだしな」


「ええ。私は一医師として一生を過ごすつもりでいます」


 これまでもスカウトするべく声をかけたことはあるけど、全く靡く気配はなかった。

 きっと、貴族の家来衆としてではなく、一人の医者として責務を全うするという強い意志を持っているんだろう。

 僕はそれを尊重しようと決めている。


「わかっている。フリーマ医師の決してブレることのない強い意志は承」


「なのにその意志が今! 初めて揺らいでしまっています!! ああ、なんということをしてくださったのですか伯爵様!!」


 ……あれ、もしかして引き抜くチャンスか?

 いや、ダメだ。

 今日はあくまでもお世話になってるお礼の席だから。

 ここでがっつくのはアンフェアだぞレックス・ヘッセリンク!


【ここは余裕のある伯爵様ムーブで乗り切りましょう!】


 オーライ。


「ふっ、大袈裟な。今日手が空いていた家来衆に声をかけたら、たまたまこの面子が集まっただけに過ぎない。そう、たまたま我が家でも苦み走った渋めの面子がな」


 フリーマの趣味ドストライクだと思われる、我が家の中堅、ベテラン組にお越しいただきました。

 今回はテーマにカジュアルな宴会を掲げているので、執事服や文官の制服、コックコートなどではなく、私服での参加を義務付けています。

 普段のかっちりした仕事着ではなく、ゆったりとリラックスした格好のイケオジ達の姿に、フリーマは興奮を隠せない様子だ。


「ジャンジャック殿、ハメスロット殿、ビーダー殿、マハダビキア殿に、オドルスキ殿。ええっと、そちらは」


「お話しさせていただくのは初めてですね、フリーマ先生。私はヘッセリンク伯爵領軍のオグと申します。お見知りおきを」


 今日は非番だということで、髭の隊長さんこと領軍隊長オグにもお願いして参加してもらっている。

 フリーマ特効という意味ではこれ以上ない完璧な布陣だ。

 両手で顔を覆いつつも指の隙間から参加者を見つめるという高等テクを駆使していたフリーマが拳で床を叩く。


「くっ! 渋い! まさか、まさかオグ殿のような隠し球がいらっしゃったなんて!!」


 別に隠してないよ?

 僕がそう告げる前に、へたり込んでいるフリーマの前に膝をついたマハダビキアが、心配そうにその顔を覗き込む。


「おいおい、大丈夫かフリーマ先生。さっきから落ち着かないみたいだけど。酒の前に温かいミルクでも飲んでおくかい?」


「ひいっ! 優しい! ……落ち着きなさいフリーマ。冷静に冷静に」


 我が家のシェフの伊達男っぷりにこれまた芸術点高めの悲鳴が上がる。

 それを聞いて間違いなく落ち着かせる必要があると判断したらしいマハダビキアがミルクを温めるべく厨房に消えていった。

 クーデルを彷彿とさせる反応だけど、それならそれで慣れているのがうちの家来衆だ。

 全員一致で一人冷静さを欠くお客さんをそっとしておくことにしたらしく、そこからは身内の会話が弾む。


「しかしメディラにシャビエルとは。素晴らしい名前です。なんでもビーダーさんが名付けたとか?」


 ジャンジャックが労うようにビーダーの肩をポンと叩く。


「いやいや! ほとんどアデルさんが考えたみてえなもんでさあ。あっしはちょろっと案を出しただけで。いや、だけど楽しい時間だったなあ」


 それはよかった。

 ちなみに謙遜しているけどシャビエルの名前はほぼビーダーが考えたと言っても過言ではない。

 これがセンスの差か!


「私もまさかこの歳になって赤ん坊が可愛くて仕方なくなるなどと思ってもみませんでしたからね。サクリお嬢様やマルディ坊ちゃん、アドリアとまあ可愛いこと可愛いこと」


 プライベートな時間で面子も大人組だけということもあるのか、ジャンジャックが優しいお爺ちゃんモードで子供達がいかに可愛いかを語る。


「あの鏖殺将軍と名高いジャンジャック殿が、赤ん坊について語りながら頬を緩めているですって……!? 情報量が多すぎて処理が追いつきません!!」


「落ち着けフリーマ医師。始まってもいないのにその状態では、宴が終わるまでもたないぞ」

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