第613話 助っ人
メアリから子供の名前を考えてほしいと言われて二日。
ほぼ寝ずに候補を考え続けた僕だったが、どうもしっくりこず頭を抱える羽目になった。
召喚獣の名前をつける時なんか世界最高峰かと自分でも震えるほどのネーミングセンスが発揮されるのに、やはり人のそれだと勝手が違うらしい。
メアリとクーデルからまだかと催促されることはないけど、ことがことなので無闇に引き延ばすわけにもいかない。
エイミーちゃんとも相談して、助っ人の招集やむなしと判断した。
「お呼びでしょうか、伯爵様」
「ああ、疲れているところすまないな。アデル、ビーダー。座ってくれ」
頼ったのは、アデルとビーダーの二人。
元闇蛇の構成員で、メアリとクーデルを子供の頃から知っている二人なら、僕では到底辿り着けないような案を出してくれるんじゃないかと期待しての招集だ。
「エイミー。とりあえず二人にお茶を」
「そんな、奥様自らなんて滅相もない! 私が淹れますからお待ちください!」
僕の言葉に頷き、お茶を淹れるために立ち上がるエイミーちゃん。
アデルが慌てたように止めようとするが、それをハンドサインで制して話を進める。
「アデル、いいから座っておけ。今日はお前達に頼みたいことがあってな。より正確には、力を貸してほしいことがある」
持って回ったような言い方に、不安そうに眉を顰めるビーダー。
「伯爵様が、あっしとアデルさんにですかい? 思いつくことといえば、メア坊とクーデルの嬢ちゃんのことくらいですが……」
いやあ、察しが良くて助かります。
流石は苦労人、話が早い。
「まさにその二人のことで相談だ」
「二人に何かございましたか? クーデルちゃんは出産を終えたばかりだというのにとても元気ですし、メアリちゃんも早速今日から森に入るほど張り切っています」
クーデルが元気なのは本当に喜ばしいことなんだけど、問題は旦那の方です。
子供が生まれたばかりだし、元気とはいえ何かあったらいけないからクーデルの側にいてやれって言ったのに、テンション上がって仕事に出かけるんだから。
「当面休んでも構わんと伝えたのに。本当に困った奴だ」
やんわり言ってダメなら強制休暇も考えないとなあ。
「そんなあの子達に心配事があるようにはとても思えないのですが」
「ああ、心配させて申し訳ないが、悪いことじゃない。二人の子供の名前のことなんだが」
「名前ですかい? そういえばまだ決まっていませんでしたね。まあ、そう簡単に決められるものでもありやせんし、二人で悩んでるんでしょう」
子供の名前を考えて悩んでる時間もきっと楽しいでしょうねえと優しく笑うビーダー。
アデルもうんうんと頷いているが、すまない。
悩んでいるのはメアリとクーデルじゃなく、僕なんです。
「実は、メアリとクーデルから子供達の名付け親になってくれと頼まれてな」
そう告げると、アデルが手を合わせて嬉しそうに声を上げる。
「まあ! それは素敵ですね! 二人とも伯爵様を心から慕っていますし、護国卿様から名前をつけていただければきっと強い子に育つはずです」
「ありがとうアデル。ただ、ここで一つ問題が発生するわけだ。僕に、その手の素養が乏しいという、致命的な問題が」
悲報。
僕のネーミングセンス、人間は対象外。
まあ、早めに気づけてよかったよ。
人様の子供にぶっ飛んだ名前をつけてからじゃ手遅れだからね。
「そこでお前達の力を借りたい。双子の名前を考えるのを手伝ってくれ」
単刀直入な要請を受けたビーダーが、困惑したような声で言う。
「アデルさんはともかく、あっしのようなもんが子供の名付けをですかい? いや、エリ坊やデミ坊みたいな学のある連中の方がいいんじゃ」
名前が上がったのは当代ヘッセリンク伯爵家の誇る秀才二人。
あの二人に任せれば、歴史上の人物の名前なり意味を持った言葉なり幅広いジャンルから適切な名前をつけてくれそうではある。
けど、メアリとクーデルの子供の名前を考えるにあたっては、アデルとビーダーを頼るのが適切だろう。
「お前達二人はあの子達の親代わり。だったら生まれた二人はアデルとビーダーの孫だ。そう考えれば、お前達が名付けに協力するのになんら不自然な点はない」
本当の親じゃないにしても、幼い二人の面倒を見ていたのはアデルだし、ビーダー愛情たっぷりのご飯が二人を成長させたのも間違いない。
そう告げると、ビーダーが降参を示すように両手を挙げた。
両目が涙で潤んでいるのは指摘しないでおこう。
「孫の、名付けですかい。こりゃあ、まいっちまう。そりゃあ、そう言われちまったら、あっしに断る理由はねえや。伯爵様。ぜひ、協力させてください」
「私もでございます。伯爵様、素晴らしい機会を与えてくださったこと、心より感謝いたします。メアリちゃんとクーデルちゃんの赤ちゃんの名付けができるなんて、もう、思い残すことはございません」
思い残すことはないとかやめておくれよ。
双子だけじゃなく、サクリやマルディ、アドリアもいる。
子供達はみんな優しいアデルが大好きでよく懐いているし、女性陣からの信頼も篤い。
ここで満足されちゃ困ってしまうので、まだまだ頑張ってほしいという気持ちを込めてエールを送った。
「お前にしかできないことがまだたくさんあるというのに、勝手に一線を退くことは許さん。そうだな。最低でもメアリとクーデルの子が独り立ちするまでは頑張ってもらおうか」
僕のエールを聞いたアデルが、涙を目に浮かべて深く頭を下げる。
それを見たビーダーが、湿っぽくなった空気を変えるよう、顔一杯笑いながらパシッ! と額を叩いた。
「かあっ! 生まれたばかりの双子が独り立ちするまでだなんて、人使いが荒れえや伯爵様は!」
「他人事じゃないぞビーダー。お前も引退時期はまだまだ先だと思え」
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