第612話 双子誕生

 その日、我がヘッセリンク伯爵家は朝から大騒ぎだった。

 クーデルの出産だ。

 万全を期すため今回も国都のお医者さんであるフリーマを招集し、アデル、アリス、イリナにステムを加えた過保護に過保護を重ねた態勢でこの日を迎えたんだけど、全く予想していなかったことが起きる。


「予想外だ」


「ええ。予想外でしたねこれは。まさか、双子だなんて」


 そう、双子。

 想定してなかったよ。

 エイミーちゃんやイリナの時より長いとは聞いてたけど、まさか二人もお腹の中にいたなんて。

 

「幸い母子共に健康です。クーデルさんは奥様同様、一般的な女性とは一線を画す体力の持ち主ですから。双子の出産は難しくなることも多いのですが、流石といったところでしょうか」


 フリーマが大仕事を終えたクーデルを称賛する。

 クーデルと子供達が健康なら言うことはない。

 

「そうか。いや、今回も助かったぞフリーマ医師。いつも強行軍ですまない」


 今回フリーマを呼ぶ予定はなかったんだけど、勝手に不安になった僕が無理を言って来てもらったので頭を下げておく。

 もしもに備えてのことだから癒しの魔法を使える人間なら誰でもよかったんだろうけど、癒しが使えて顔見知り、かつ医者であるフリーマを連れてくるのがクーデルにとってベストな選択だと判断した。

 

「生命の誕生の場に立ち会えること、相場を遥かに上回る対価を頂戴できること、そして何より苦み走った魅力に溢れた殿方の姿を間近で拝見できること。色んな意味で潤って仕方ございません」


 おじ様鑑賞が報酬になるなんて相変わらずみたいで嬉しいよ。

 頑張ってもらったし、ジャンジャック、ハメスロット、ビーダー、マハダビキア、オドルスキの五人組にフリーマを囲む飲み会でも催してもらおうか。


「とりあえず、今はその苦み走った男達の手がけた料理を心ゆくまで楽しんだあと、ゆっくり休んでくれ。ガブリエ、フリーマ医師の案内を頼む」


 執事服に身を包んだガブリエが僕の指示に頷き、フリーマをエスコートすべく美しい所作で手を差し出す。

 様になるね。


「ありがとうございます。マハダビキア殿とビーダー殿の働く姿とともに堪能させていただきます」


 少し前まで出産に立ち会っていたとは思えないような軽い足取りで部屋を出ていくフリーマ。

 それを見送りエイミーちゃんと二人きりになったところでようやく緊張から解き放たれ、ソファに深く沈み込む。

 

「しかし、双子か。とりあえず子供に用意していたものをもう一組揃えないといけないな」


 諸々一人分しか用意してないからね。

 あ、カナリア公に双子でしたって伝えて出産祝いの刃物をもうワンセット送ってもらおうかな。


「男の子と女の子だそうです。我が家に天使が二人も増えたのですね」


 蕩けそうな笑みを浮かべて頬に手を添えるエイミーちゃん。

 子供好きな愛妻は、赤ん坊が二人増えた事実にウキウキが止まらないようだ。


「サクリ、マルディ、アドリアに続いてメアリとクーデルの子供達。ここに大天使ユミカが加わるのだから未来は明るいと言わざるを得ないな」


「ユミカちゃんをお姉様と呼ぶ小さな天使達、ですか。ああ、想像しただけであまりの可愛さに目眩が」


 エイミーちゃんしっかり!

 幸せな未来を想像して口元が緩み、涎が垂れそうです。

 

「まあ、気持ちはわかる。これは一層伯爵業に邁進しないといけないな。あの子達が胸を張ってヘッセリンク伯爵家の人間だと言えるようにするのが僕の責務だ」


 狂人評価の返上。

 これが僕に課せられた崇高かつ必達のミッションだ。

 僕の決意に、エイミーちゃんも表情を引き締めて頷いてくれた。


「未来に向けて、『狂人』ヘッセリンク伯爵家の名声をさらに高められるよう、私も全力を尽くす所存です」


「……ああ、期待しているぞエイミー」


 愛妻との埋められない意識の差に目眩を覚えていると、新米パパことメアリが部屋に入ってくる。

 

「探したぜ兄貴」


「おお、メアリ。おめでとう。双子とは驚いたぞ。子供達の服などは至急もう一組用意させるから心配するな」


 そう言いながらハグしようとする僕の両腕をバックステップで躱しつつ、首を横に振る弟分。

 

「いや、そのくらい自分達で用意するって。それよりも頼みがあるんだ」


「わかっている。敷地内に別棟を立ててやるから安心しろ。もちろん代金はこちらもちだ」


 結婚した後も屋敷のそれぞれの部屋に住んでいる二人。

 何度か家を建てようと提案したんだけど、その度拒否されて今日に至る。

 ただ、流石に子供が生まれたとなればもう断りはしないだろう。


「いやいらねえ。屋敷に部屋もらってたほうが仕事しやすいから。クーデルもそう言ってるし」


 断られました。

 くっ、頑固者め。

 じゃあこうしようじゃないか。


「家がいらないなら家族で住めるよう部屋を改装するか。うん、それがいいな。ハメスロットと相談しておこう」


 幸い部屋数はある。

 適当なところをぶち抜いて繋げてやろう。

 よし、それじゃあ早速打ち合わせを。


「待てって! そうじゃなくてさ」


 駆け出そうとする僕を引き止めるメアリ。

 ん? 家のことじゃない?

 ああ、そうか。

 そうだよな。


「子供達の将来の話だな? もちろんオーレナングに残るもよし。外に出たいならそれもまたよしだ。なんと言っても可愛いメアリの子だからな。どんな道に進もうと僕が後援者として」


「名前付けてくれよ」


「ん?」


「だから子供の名前。兄貴に考えてほしいんだ。クーデルの許可ももらってる。ダメか?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る