第611話 ヘッセリンク四代
カナリア軍の皆さんの上裸モードが趣味だったという情報には衝撃を受けたものの、今日はそんな話をしにきたわけではない。
「カナリア軍の皆さんの話に興味は尽きませんが、一旦置いておきましょう。伺いたいことは別にありますので」
「歴代当主に召喚士がいたか、ではないのか?」
「それが一つ目の伺いたいことですね。もう一つ。お祖父様や父上は、召喚士と拳を交えたことはございますか?」
ジャンジャックに尋ねたものと同じ質問を投げかけると、二人して口元を片手で覆うポーズで考え込む。
顔は似てないけど、こういうふとした姿を見るとやっぱり親子なんだと実感するね。
「召喚士と殴り合ったこと、か。記憶にないな。いや、一度国軍所属の召喚士と模擬戦をしたことはあるが、その程度だ」
「私も敵としてはありませんね。私と一番殴り合っている召喚士はレックスですよ」
もちろん僕はノーカウントなので、二人とも敵として召喚士と相対したことはない、と。
そうすると、やっぱりサルヴァ子爵からの情報待ちか。
「そんなことを聞いてどうしようというのですか?」
聞きたいことは聞けたので、じゃあそろそろお暇しようかなと考えていると、グランパが炎のお手玉をしながらそう尋ねてくる。
「いえ、実はエイミーから」
かくかくしかじか。
僕の説明を聞いた祖父と父が、揃って怪訝な表情を浮かべる。
「召喚士としての修行。……必要ありますか? とても行き詰まっているような態度には見えませんよ?」
ん?
行き詰まっているか?
どうだろう。
召喚獣はいずれも脅威度Aが五体。
精悍かつ強靭でありながら可愛らしさまで兼ね備えたパーフェクトなみんなのお陰もあり、召喚士としては概ね順調だと思う。
つまり。
「行き詰まってはいませんね」
僕の回答に、さらにグランパが畳み掛けてくる。
「では、何か修行が必要な局面ですか?」
修行が必要な局面かどうか。
あー。
最近でいえば灰色で遭遇した濃緑はかなり強かったけど、それでも現有戦力で抑え込むことができた。
ということで。
「そんな局面にはまったく直面していませんね」
一切躊躇わずに答えた僕を見て、パパンが理解できないというように首を振る。
「なら何を目的に修行しようというのだ」
目的ですって?
それは、その。
「……さあ?」
「いいですか、レックス。エイミーのことを愛しているのはわかりますが、言われたことをなんでも無条件に受け入れて前向きに検討するのはおやめなさい」
珍しくグランパが真剣なお説教モードだ。
どうやら最近の僕がオーレナングを空ける時間があまりにも長いことに思うところがあるらしく、貴族家当主としての心構えを滔々と説かれる。
グランパったら、炎狂いとか呼ばれてるけどこんなに真面目な話ができるんだなあ。
【絶対口に出さないでください。確実にとんでもないことになります】
それはもちろん。
メモして帰りたいくらいちゃんとためになる話だから、ちゃかしたりしませんとも。
「伯爵家当主たるもの、それが家のために真に必要かどうかを考えなければいけませんよ? 時には自らを殺し、家のため、国のために動くことも大事な務めです」
グランパが、柄でもないお説教はここまでにしましょうと締めくくると、突然拍手が聞こえてくる。
音のする方に視線を向けると、そこに立っていたのはひいおじいちゃんこと毒蜘蛛さんだった。
「毎年決まった時期に無断で長期間行方をくらませた結果、エリーナに浮気を疑われて顔を青くしてたお前が孫に説教とは。くくっ、成長したじゃねえか」
ああ、恒例のジャルティク遠征ね。
ひいおじいちゃんがそれを知ってるのは当たり前か。
とりあえずあまり長期間家を空けると浮気を疑われる可能性があることは頭に入れておこう。
「ちっ! 厄介なジジイが来ましたねぇっ!!」
眉間に皺を寄せながら手を振り、実父の顔面に向けて拳大の炎を投げつけるグランパ。
不意打ち気味に放たれた炎だったけど、ひいおじいちゃんは一切慌てることなく、むしろ当然そうくるよな、とばかりに首を軽く捻るだけで避けてみせる。
「はっ! 今更お前に詠唱しろとは言わねえが、せめて撃つ気配くらい見せろよ馬鹿息子!」
笑みを浮かべながらそう叫びつつ一足飛びで間合いを潰すと、胸に向かって拳を突き込む毒蜘蛛さん。
しかし、炎狂いさんもそれを読んでいたように後ろに大きく跳び、追撃は許さないとばかりに炎を連射する。
「そんな雑な魔法に当たるかよ。せっかくヘッセリンクが四人揃ってんだ。交流しようぜ!!」
言葉は交流だけど、絶対違うフリガナがふってあるはずだ。
具体的には、「なぐりあい」。
いや、例えそれが「ころしあい」でも驚きはしない。
なぜなら僕のひいおじいちゃんも、MAXでヘッセリンクだから。
「ジーカス! レックス! まずこのイカれたジジイを墜とします。手加減は一切無用。首を取るつもりでかかりなさい!」
グランパが珍しく魔力を練り上げながら指示を飛ばす。
即応したのはパパン。
素早い動きで毒蜘蛛さんの横まで移動し、槍を構える。
グランパに向けて。
「このジーカス、微力ながらお祖父様に加勢いたします」
「なっ!? 裏切り者め!! 仕方ありませんね。やりますよレックス!!」
いやいや、やりませんよ?
「申し訳ありませんが、私はどこかに有名な召喚士がいたら聞きたかっただけなので。ご存知でないならこれで失礼します。邪魔はいたしませんのでご自由にお楽しみください」
そう言い残してダッシュで離脱しようとした時、意外なことにひいおじいちゃんが僕の言葉に反応した。
「有名な召喚士だあ? それなら北の国のどっかにやたらと召喚士が生まれるって家があったはずだぜ。名前はなんつったかなあ」
北?
まただいぶ遠いけど、召喚士が生まれる家っていうのは興味があるな。
レプミアの最北を治める領主はエスパール伯。
一時期と比べて関係改善が進んでるから、もしかすると情報をくれるかもしれない。
しかし、そんな僕のワクワクはすぐになかったことになる。
「期待させて悪いが、昔調子に乗って南下してきやがったから俺とエスパールできつめにしばき倒したんだよ。もしかしたら、今頃家ごと途絶えてるかもしれねえわ」
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