第610話 カナリアフォームの秘密

 森から帰った僕は、その足で地下に向かう。

 目的はグランパとパパンに召喚士としての修行ができそうな場所について話を聞くこと。

 サルヴァ子爵にはお手紙するとして、もしかしたら僕が知らないだけでご先祖様に召喚士がいるかもしれないからね。


「召喚士ですか? いませんよ。ヘッセリンクとしては、レックスが史上初の召喚士のはずですね」


 いませんでした。

 グランパの言葉を受けてパパンに視線を向けると、浅く頷いて同意を示す。

 

「そのジジイの言うとおりだな。ヘッセリンク伯爵家の歴代当主に召喚士は存在しない。一番多いのは、属性魔法使いだ」


 そのクソジジイのようにな、とグランパに向かって顎をしゃくるジーカスさん。

 祖父と父がギスギスしているが、理由はなんてことない。

 いつもどおり一戦交えたあとだからだ。


「いやですねえ。負けた腹いせにジジイなどと子供みたいに」


 余裕でせせら笑う炎狂いに、負けじと鼻で笑って返す巨人槍。

 

「おやおや。記憶にない勝利を誇るとは。老いとは怖いものですなクソジジイ」


 ふふっと笑いながらどちらからともなくゆっくりと歩み寄ると、額を付き合わせて睨み合いを始め、そのまままるで当たり前のように戦闘に移行した。

 野蛮な身内っていやあねえ、なんて考える余裕はない。

 なぜなら、観客のつもりでいた僕に向かって炎や槍が飛んでくるから。


「二戦目になだれ込むのは勝手ですが、なぜ当たり前のように私を巻き込もうとするのですか!」


 ノールックで魔法を撃ってくるグランパにクレームがてらのウインドアローを返すと、すごくちっちゃい炎で相殺したうえ、小馬鹿にするように唇を吊り上げる。

 感じ悪いぜクソジジイ!


「ロニー君に鍛えられた成果を見せてもらおうかと思いましてね。どこがどう変わったのか確認してあげましょう」


「体力がついただけですから、特段ご披露するようなものではありません」


 スタミナのステータスが伸びても、見た目は大袈裟に変わんないからね。

 

「ああ、長所を伸ばす方向で鍛えたんですね。なんともロニー君らしい。昔から短所を補うくらいならいいとこを伸ばせというのが彼の育成方針ですから」


「その結果、筋肉自慢がより筋肉を増強し、揃いも揃って服が弾け飛ぶとんでもない軍団が出来上がったというわけだ」


 グランパの言葉を受けたパパンが苦笑いを浮かべる。

 確かに色々とんでもない軍団ではあるな。


「そういえば、カナリア公に弟子入りしていた割には父上は服が弾け飛ばないのですね」


「当たり前だ。ジャンジャックもそんな状態にはならないだろう」


 それは確かに。

 ジャンジャックは公私共にスマートなシルエットを保っている。

 先日珍しく上裸になってたけど、あれは濃緑との激しい闘争でやむなく脱げただけだからノーカウントだろう。


「もちろん私やジャンジャックが他人よりも身体強化魔法の扱いに長けているということもある。ただ、カナリア公直属の集団が、揃いも揃って身体強化魔法の扱いを苦にすると思うか?」


「言われてみれば、まあそうですが。ではなぜ?」


 あのモードになることで得られるメリットがあるんだろうけど、それが何かと言われると答えはでない。

 降参と両手を上げた僕に、グランパが肩をすくめながら答えを教えてくれる。


「筋肉を見せたいだけですよ」


「……は?」


 あいべっくゆあぱーどぅん?

 目を点にする僕が面白かったのか、珍しくパパンが声を出して笑う。


「はっはっは! 鍛え上げたその筋肉を見せつけたい。そのためだけにわざわざあのような破れやすい、防御のぼの字もないような服で戦場に出かけていた。そんな、この世で最もイカれた集団があのカナリア軍だ」


 嘘だろ!?

 え、あのカナリアフォームって、自己表現以上の意味がないの?

 防御を捨ててまで上裸になる理由が、『俺の筋肉を見ろ!!』っていうアピールでしかないなんて。

 呆れると同時に、その在り方に若干の憧れも抱いたが、ここでふと疑問が浮かぶ。


「ということは、諸先輩方も父上のように服を破らず戦えるのでしょうか」


「もちろん。筋肉の肥大化は避けられないだろうが、わざわざ服を破るのはまあ、趣味の世界だな」


 その趣味が発現しなければ、国で一番憧れられる戦闘集団になってたかもしれないのに惜しいことだ。

 いや、今でも伝説級のおじ様達ではあるけど、その姿を見て育ったパパン世代はああはなるまいと自制している節がある。


「ロニー君の部隊の予算の大半が、酒と着替え用の服につぎ込まれているというのは有名な笑い話ですね」


 思い出したようにそう付け加えるグランパ。

 

「ああ、よかった。笑い話ですか。流石に軍の予算の大半を占めるのが酒と服とは。ははっ」


「世間的には笑い話ですが、純然たる事実です。よくもまあ我が家を狂人などと呼んでくれるものです。あの子達の方がよっぽど頭がおかしいでしょう」


 それはほんとにそう。

 なんでそんな集団が名を馳せてたのにいまだに我が家が狂人なんて呼ばれているのだろうか。

 ヘッセリンクの他にそれだけ濃い集団がいたなら、多少なりとも薄まりそうなものだけど。


「その集団を抑えて狂人と呼ばれているのだから、このジジイが当主時代にどれだけ暴れていたかわかるというものだろう?」


 犯人みーつけた。

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