第609話 本業を鍛えるには
灰色ならまだしもここは深層の手前なので、出てくる魔獣は熊さんや牛さん、鹿さん。
一方、こちらはひいおじいちゃんと一戦交えたことで一層ストイックさが増したようなジャンジャックと、カナリア公爵領でバージョンアップを果たしたメアリのコンビだ。
勝負になるはずもなく、魔獣達はほとんどが食材に姿を変えた。
「まあ、爺さんと一緒ならこんなもんだろ。こんくらいならこれまでもなんとかなってたし」
息を乱すこともなく、パンパンっと服についた土埃を落とすメアリ。
その謙遜含みの言葉を聞いたジャンジャックがそんなことはないと首を横に振る。
「いえいえ。しっかりと成長の跡を見せてもらいました。昔は速さだけ、最近は筋力だけを追い求めていた貴方が、ついにその両立に乗り出したとは。私もうかうかしていられない」
ジャンジャックの称賛を受けたメアリは喜ぶ様子も見せず、むしろ苦い顔だ。
「頼むからうかうかしててくれよ。あんたに今と同じ速さで走り続けられたら追いつけねえんだって」
ジャンジャックを越えるべき高い壁とみなしているメアリからすれば、その壁が止まることを知らずに高さを増しているのだからたまったものではないだろう。
「大丈夫ですよ。私をさらに上回る速度で走ればいつか追いつきます」
「それが難しいっつんてんの!」
激しく首を振るのに合わせてポニーテールが揺れる。
メアリの言うとおり、ジャンジャックとの差を縮める速度で成長するのは簡単じゃないだろう。
でも、それが無理だと言わないところにメアリの成長を感じた。
「素晴らしい動きでした。私も将来に備えてカナリア公爵様のもとで修行しようかしら」
メアリに拍手を送りながら愛妻が言う。
エイミーちゃんがカナリア公爵領に?
ふむ。
「だめだだめだ! エイミーと百日も離れるなど僕は耐えられない!」
【レックス様はそのくらい留守にしていたでしょう? 男ってワガママで嫌ですね】
え、コマンドって女性なの?
【さあ?】
答える気はありませんという意思がひしひしと伝わってくるので追及はしない。
今はエイミーちゃんを止めることが先決だ。
どう止める?
いや、むしろ認めたうえで。
「そうか、僕も同行すればいいのか。サクリとマルディも連れていけばあるいは」
カナリア公爵領に家族旅行。
うん、ありだな。
「なしだよ。どこの伯爵夫婦が連れ立って修行に出るってんだ。当主単独でも有り得ねえっていうのに」
「単独なら父上という前例があるだろう」
パパンがカナリア公に弟子入りしてた縁でママンが僕を押し込んだんだから。
「親父さんがカナリアの爺さんとこに行ったのは当主になる前だろ?」
【メアリの指摘のとおりです。おめでとうございます。当主ながら他家への修行に赴いた初めての伯爵様です】
「護国卿という立場にありながら堂々と未開の地を行くお姿。我々家来衆一堂心強く思っております」
コマンドの皮肉に被せるように、ジャンジャックの心からの称賛が飛んだ。
それを聞いたメアリが眉間に皺を寄せて髪をガシガシとかき回す。
「苦言を呈してくれませんかねえ、家来衆筆頭殿」
「それは貴方にお任せしますよ未来の家来衆筆頭殿」
ジャンジャックにそう呼ばれたメアリが、見たことないくらい目を見開き、動揺したように頭を抱える。
「え、なにそれ重てえ。そう呼ばれるようになったら、今の爺さんの立場にいるってことだろ? 全然想像つかねえよ」
「おやおや、重たいのは得意でしょう?」
上手い!
クーデルの愛を受け止めた今のメアリに重たいものなんかないってね!
「何をもって言ってるのか聞かねえぞ。心当たりがあるから今となっては否定もしづれえし」
二人のそんなほのぼのとしたやりとりをニコニコと眺めていたエイミーちゃんが、ふと疑問を口にする。
「修行という意味では、召喚術の修行などをできる場所はないのでしょうか」
召喚術の修行?
それは考えたこともなかったな。
僕がそう答える前にメアリが口を開く。
「ないんじゃね? 召喚術を兄貴に教えられる召喚士がそもそもいるのかって話だし。あと、この人にまともな理論が通用しねえってのもあるから」
やだ失礼しちゃう。
人をいつまでも感覚頼りみたいな言い方してくれちゃって。
【ということはついに確固たる理論が?】
ないよ?
「メアリの不敬は置いておくとして。しかし、そちらの修行とは盲点だったな。……ジャンジャック。参考までに、どこかで有名な召喚士と拳を交えたことはないか?」
「ふむ、召喚士ですか。だいぶ昔、若い時分に多少苦戦したような記憶があるのですが、あれはどこの召喚士だったか」
「いや、無理に思い出さなくてもいい。爺やじゃあるまいし、それだけ昔のことならもう現役じゃない可能性があるからな」
いや、やり手の老召喚士とか最高にカッコ良くはあるけど。
有名召喚士の弟子。
響きがいいね。
「申し訳ございません。サルヴァ子爵ならあるいは覚えていらっしゃるかもしれません。尋ねてみてはいかがでしょうか」
「まあ、緊急で取り組む必要はないが、サルヴァ子爵には修行に付き合っていただいたお礼の品を贈るつもりだからな。文で軽く触れておこう」
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