第607話 未来のお話13 ※主人公視点外

 サクリ様の縁談を真剣に考えていただこうとメアリさん、エリクスさんと伯爵様の部屋に乗り込んだ俺達だったが、不用意に藪を突いたせいでとんでもないものが飛び出した。

 北の国、アルスヴェル王国の貴族から届いたらしい縁談の打診。

 いや、予想外過ぎて度肝を抜かれちまったね。


「くそっ! 余計な気、回すんじゃなかったぜ!」


「まあまあ、落ち着いてくださいメアリさん。考えようによっては自分達の望む方向に動き出せるのですから。ね?」


 そんなに心配してくれてるなら話が早いと言わんばかりの伯爵様の笑顔を思い出したのか一気に酒を呷るメアリさんと、それを苦笑混じりに宥めつつ酒を注ぐエリクスさん。

 この二人の関係は若い頃から変わらねえな。


「そうは言うけどよ。都合が良すぎるぜ」


 杯を置いて眉間に皺を寄せるメアリさんだったが、俺に言わせれば今更だ。


「仕方ねえよメアリさん。レックス・ヘッセリンクって男はこの世の都合をぜんぶ自分のために捻じ曲げてくもんだ」


 そう、まるで見えざる神の手がそうしているように。

 あらゆるもんを捻じ曲げたついでに複雑に絡ませた挙句ほぐすのを諦めて放り投げたような過程なのに、蓋を開けてみれば結果は良好。

 そんな場面を何度も見てきたんだから間違いはねえ。


「捻じ曲げられた結果、奔走するのは俺達だっつうこと忘れてねえか?」


「俺はヘッセリンクのためになるならいくらでも奔走しますがね」


 ヘッセリンク伯爵家の隆盛の一助となることこそ俺の使命だ。

 メアリさんやエリクスさんの忠誠の在処がレックス・ヘッセリンク個人にあるとしたら、俺のそれはヘッセリンク伯爵家そのものにある。

 

「相変わらずの狂信っぷりだなおい。頼もしいわ。お前はどうなんだよエリクス。こっから激務の日々が待ち受けてるぜ?」


 レックス・ヘッセリンクの狂信者からの問いかけに、エリクスさんがずり下がったメガネを押し上げながら言う。

 

「激務? 激務ですか。んー、素朴な疑問なんですが、自分達に激務じゃなかった瞬間ってありましたか?」


「……ねえよ!」


 でかい声が出る気持ちはわかるぜメアリさん。

 なんせ伯爵様の引きの良さは半端じゃねえからな。

 ああ、もちろん皮肉さ。

 

「ですよね。なら、いつもどおり自分とデミケル君は頭を、メアリさん達は身体をぶん回して最大限の利益を取りにいく。取り組む事柄が特殊なだけで、やることは変わりません」


 流石はヘッセリンクの頭脳。

 いち早く諦めの境地に達し、そこから動き出す速度は家来衆一だぜ。

 しかし、メアリさんはまだ不満げだ。


「そうなんだけどよ。よりによってレプミアの外かぁってさ」


「サクリお嬢様を落ち着かせることのできる男性貴族が国内にいますか?」


「降参」


 早い!

 抗え抗え。

 気持ちはわかるけど。


「まあ、国外なら東西南よりマシって見方もありますがね。アルスヴェルのリュンガー伯爵家ったら、うちと懇意にしてる家だし縁談相手としては上等なんじゃないですか?」


 俺の言葉に、メアリさんが一気に杯を干した後ソファに沈み込んだ。


「ぐうの音も出ねえよ。しゃあねえ、覚悟決めるか。おいエリクス。ユミカのやつこき使うから覚悟しとけよな」


「振り回されないよう気をつけてくださいね? なんといってもお嬢様のことです。うちの妻だけでなく、二人の奥様も本気で動くはずですから」


 エリクスさんの反応を受けたメアリさんが、疲れたようにゆっくりと頭を振り、俺に視線を向けてきた。

 言いたいことはわかりますよ先輩。


「そういう意味では一番心配なのは、お前んとこだよデミケル。暴走しないわけがねえ嫁さんの抑え、任せるからな」


 妻の暴走を?

 抑える?

 俺が?

 ははっ!


「無理無理! 狂信者って意味なら俺の比じゃねえこと、兄さん方も知ってるだろ? サクリ様の縁談なんて、ステムが黙ってるわけねえって」


 絶対一騒動、いや二騒動はあるだろう。

 旦那として何もしねえわけにもいかねえが、考えるべきは本人をどう抑えこむかじゃなく、確実に発生するだろう被害をいかに最小限に抑えるかだ。

 これからの苦労を思い、三人で押し黙ったその時だった。


「何が黙ってないの?」

 

「ステムさん!?」


「わーお。よりによって奥様方お揃いで」


 ステム本人だけでなく、クーデルさんとユミカまで連れ立って食堂に入ってきた。

 

「よし、そろそろ解散しましょう。明日も頑張りましょうね皆さ」


 この面子はまずいと一瞬で悟ったエリクスさんが躊躇うことなくこの場をお開きにしようとしたが、そうは問屋がおろさない。

 立ちあがろうとしたその肩を、音もなく後ろに回ったユミカがそっと、しかし明らかに力を込めて押さえる。

 

「エリクス兄様。それは流石に不自然だよ? 仲間外れは寂しいなあ。ね? クー姉様、ステム姉様」


「そうね。三人が険しい顔で飲んでるって聞いて心配で駆けつけたっていうのに。隠し事なんて野暮よ?」


 誰だバラしたやつは!

 ザロッタか?

 いや、多分リセのやつだな。

 

「姫様の名前が聞こえた。キリキリ吐いて。さあ、キリキリ」


 表情を変えず、俺の襟首をギリギリと締め上げてくるステム。

 あ、この顔。

 ジジイがババアを怒らせたときと同じだ。

 絶対抵抗しちゃいけねえ。


「わかった! わかったから締めるな! あー、エリクスさん。共有していいよな?」


「ええ、構いません。クーデルさん、ステムさん、ユミカ。サクリお嬢様に縁談が届きました。伯爵様は前向きに進めようとお考えです」


 この言葉に、もちろん狂信者が素早く反応する。


「エリクス」


 ステムが発したのは鋭い呼び掛けだけ。

 しかし、それで全てを察したように、ヘッセリンクの頭脳がスラスラと説明する。


「もちろん婿取りです。アルスヴェル王国のリュンガー伯爵家のご子息を、オーレナングに引っ張ります」


 要は、サクリ様を外に出したりしないよなあ!? ということが聞きたかったらしい。

 流石はエリクスさんだ。

 ステムもこれには頬を僅かに緩めて頷いた。


「承知。それならば全力を尽くす。デミケルの脳みそが焼き切れるくらいこき使ってよし」


「愛が足りねえなあ!?」

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