第605話 修行の成果と報告

「ふふふっ。レックス様、私はこっちですよ!」


「僕の妻はお転婆だね。仕方のないことだ。森の中で走ると危ない。さ、こちらに来なさい」


「嫌です。どうしてもと仰るならレックス様がエイミーを捕まえてみてくださいませ!」


「ほう、言ったな? いいだろう。カナリア公爵領での修行の成果を見せてやろうじゃないか。これまでの僕と一緒だと思うなよ? それ、いくぞ!」


 オーレナングに帰還した数日後。

 修行で上積みされたであろうフィジカルの具合を確認するため森にやってきた僕に、メアリとジャンジャック、そして愛妻エイミーちゃんが付き合ってくれている。

 順調に深層手前までジョグで駆け抜けたところで、鮮やかな森の緑と魔獣との闘争にテンションが上がったのか、悪戯っぽく笑いながら突然ダッシュを敢行する愛妻。

『うふふっ、捕まえてごらんなさい』からの『こーいつー、待て待てー』の流れだ。

 見ていてくださいカナリア軍の諸先輩方。

 修行の成果でバージョンアップしたこの走りで、妻を捕まえてみせます!

 

「おい! そんなんじゃ振り切られるぞ兄貴! 走れ走れ!」


 軽やかに走るエイミーちゃんを、爽やかさをギリギリ損なわいラインの必死の形相で追いかける僕にメアリの檄が飛ぶ。

 いや、無理だって速過ぎるよプリティーワイフ!

 もう背中も見えなくなるぞ!?

 くっ、こうなったら仕方ない。

 かくなる上は!

 

「おいで、ゴリ丸! さあ、ともにエイミーを捕まえるぞ!」


 シンプルに召喚獣の力を借りることにしました。

 森の中なのに緊張感のない状況に首を傾げたゴリ丸だったけど、遊んでいることを理解したのかすぐに僕を背中に乗せて走り出す。

 こうなれば勝ちは揺るがない。

 あっという間にエイミーちゃんに追いつき鬼ごっこを終えることができた。


「ゴリ丸ちゃんに乗るのはずるいですレックス様! 反則です!」


 不満げに頬を膨らませつつ、ヘソ天状態のゴリ丸のお腹をモフモフする愛妻。

 妻とアニマルの触れ合いは実に癒される。


「はっはっは! いいじゃないか。というか、今回の修行で体力は付いたが足が速くなったわけじゃないんだ。森の中を本気で駆けるエイミーに追いつけるわけがないだろう?」


 感覚としては、スピードのパラメーターは微増すらしてないです。

 

「ふふっ。申し訳ございません。久しぶりのレックス様とのお出掛けで楽しくなってはしゃいでしまいました」


 可愛い許す。

 と、ここまでのやり取りをメアリが呆れたように見てるのでちゃんと仕事もしておこうか。


「ジャンジャック」


「はっ。何でございましょう。レックス様の言いつけを破って地下のご先祖様方と手合わせをした件なら反省しておりますが」


 そう、ついにこの男がやらかした。

 事の発端は、『毒蜘蛛』とのエンカウント。

 ベルギニアから帰ってきたユミカは僕不在でもちゃんとパパンのもとで身体強化魔法の練習に励んでいて、その日はジャンジャックが地下について行ったらしい。

 普段ならパパンと、いてもグランパくらいなのに、なぜかひいおじいちゃんも見学していたから話がややこしくなる。

 お互いに存在は認識していたけど交わることのなかった二人。

 戦闘狂同士が響き合い、あれよあれよという間にドンパチが始まったんだとか。

 黙ってればバレないだろうにわざわざ報告してきたのだからおそらく反省はしてるんだろうが、後悔はしてないというやつだ。

 

「そのことはもういい。お前と歴代当主方がぶつかっても地下が崩れないなら止める理由もないからな。ただ、いざというときお前が動けないと困るから大きな怪我だけはするなよ?」


 最高戦力が動けない理由がご先祖様と殴り合ったからだなんて、冗談にもならないからよろしくお願いします。


「それはもう。爺めも皆様も心得ておりますとも。では、その話でないとすると?」


「留守にしていた間の討伐報告書には概ね目を通したが、竜種の移動は収まったと考えていいのか?」


 修行に出る発端となった森の異変。

 少し前なら深層手前あたりに竜種がわんさかいたはずなのに、今日は姿どころか影さえ見当たらない。

 僕の質問に、ジャンジャックが浅く頷く。


「よろしいのではないでしょうか。あの緑色を討伐して以降、中層より浅い部分で竜種は確認されておりません」


「そうか。では、一応森は元の状態に戻っていると判断しよう。まあ、たまには竜種が浅い方に降りてきてくれても構わないのだがな」


「食材として見ればそうですな」


 異変騒動の影響で史上最大級に竜肉の在庫を抱えている状態だけど、美味しいものなんてあればあるほどいいに決まっている。

 

「竜種はとても美味しいですが、なかなか十分な量を確保できないのが難点ですものね。天にも昇る気分で竜種のお肉を楽しんだ後、お皿が空になってしまうのを見て悲しくなってしまいます」


 愛妻に悲しい思いをさせるなんてとんでもないな竜種どもめ。

 僕が狩り尽くしてやろうか!


【史上最大級の言い掛かりですね】


「自分達を食いもんとしか見てねえ輩がうろついてるんだ。そりゃあ竜種も姿見せたくねえだろうよ」

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