第604話 修行からの帰還
オーレナングに帰ってきました。
いやあ、やっぱり自宅が落ち着くよね。
エイミーちゃんもサクリもマルディも元気だったし、家来衆もみんな変わりなし。
ベルギニアに旅行に行ってたオドルスキ一家も戻ってきていて、僕達の無事の帰還を喜んでくれた。
「で? 昨日一日エイミーの姉ちゃんを膝に乗せてたってマジ?」
溜まっていた書類仕事を必死でこなしている僕を眺めながら茶を啜るメアリが、呆れたように言う。
「ああ、マジだ。ふっ、なんのためにカナリア公爵領まで行って諸先輩方に揉まれてるのかわからなくなった時もあったが、成果はこのとおりさ」
立ち上がって屈伸したり跳んだりしてみせると、弟分とその奥さんことクーデルが拍手を送ってくれた。
痛みも痺れもなし。
あの百日は無駄じゃなかったことが証明されたわけだ。
「あー、確かに。前は立ち上がれなかったもんな。修行の成果が出てよかったな兄貴」
ドヤ顔の僕に拍手を送りながらも冷めた目で見つめてくるメアリ。
うん、皆まで言うな。
修行した結果を生かしてただいちゃついてただけだって、僕も理解してるさ。
ちなみに、百日ぶりに会った妻が変わらず可愛かったことは敢えて言葉にするまでもない。
「まあ、エイミーのことは今は置いておいて。近日中に森に出るぞ。どれだけ走れるか試したい」
カナリア公爵領での修行で僕のステータスが上がったとすれば、それはスタミナに他ならない。
とりあえず深層あたりまでジョギングしてみたいと思っている。
「あいよ。俺もついてくから声かけてくれよな。本当は今日今からでも遊びに行きてえんだけど」
修行の成果を試したいのはメアリも同じなようだけど、横に座るクーデルがその腕をそっと抑えて首を振る。
「だめよ、メアリ。今日明日は私のお世話をしてくれる約束でしょう? いいえ、正確には今日明日は私をとんでもなく甘やかしてくれる約束」
あ、へー、ふーん。
「詳しく言わなくてもいいんだよ!」
クーデルの言葉に頬を赤らめるメアリ。
なるほどなるほど。
そんな約束があるなら森に出ることは許可できないな。
ここは兄貴分であり、既婚の先輩である僕から夫婦円満のためのアドバイスを送ろう。
「メアリ、甘やかすならクーデルを膝に乗せることがお勧めだ。大丈夫、心配するな。お前ならいずれクーデルを膝に乗せて一昼夜過ごす域に到達できるさ。僕が保証する」
なぜなら、僕とメアリは魂で繋がった兄弟なのだから!
【あまりなことをすると弟から脱退されますよ?】
脱退!?
コマンドのワードチョイスに驚愕していると、脱退の危険性のある弟分がため息をつく。
「それ、元々罰で喰らったってこと忘れた? いつの間に甘やかす手法の一つに追加してんだよおかしいだろ」
「クーデル、その点についてお前の考えが聞きたい」
「罰などとんでもないことです。愛を示すための行動。愛する人を膝に乗せることに、それ以外の意味がありましょうか」
美しい笑みを浮かべる新妻クーデル。
その答えを聞き、僕も深く頷く。
「流石は愛を司る者だ。無事子供が生まれた暁には、酔ったメアリが放ち、その可愛さに僕とエリクスが揃って思わず身悶えた言動を教えてやろう」
今はダメだ。
妊婦には刺激が強過ぎる。
「その際には改めて永遠の忠誠を誓わせていただきます。必ずや元気な子供を産んでご覧入れましょう」
「やめろ! あと、俺が何言ったか教えてくれよ! 兄貴はニヤニヤするだけだし、エリクスは生暖かい目で頷くだけ! 怖えんだよお!」
知らなくてもいいことってあるよね。
それが酔った時の言動ならなおさら。
「エリクスといえば、ようやく元に戻ったみたいですね」
楽しみを後に取っておく派らしいクーデルが強引に話題を変えたので僕も乗っかっておく。
「ああ。僕達はもう見慣れていたが、なかなかの衝撃だっただろう?」
髪が伸びたうえに髭面のエリクスは、そのルックスで留守番していた家来衆の度肝を抜いた。
それはそうだろう。
旅立つ時には多少鍛えているとはいえふわふわ天パのおとなしやかな青年だったはずなのに、劇的な変貌を遂げて帰ってきたのだから。
「衝撃も衝撃。普段動じないガブリエやマハダビキアさんも流石に目を丸くしていましたから。喜んでいたのはユミカくらいでしょうね」
ちなみに帰るまで髭を剃らないよう指示したのは僕だ。
こんなになるまで修行に励んできたぞ! という証を見せる意味でもそのままでいてくれと頼んでおいたんだけど、確かにユミカは『エリクス兄様がお髭だー!!』と無邪気に声を上げて飛びついていたな。
……髭もあり、か?
【似合わないに100ヘッセリンク】
存在しない単位をベットするな。
狂人ポイントなら掃いて捨てるほどあるからそちらでどうぞ。
【法に触れるのでダメです】
「あれ、髭剃るのにめちゃくちゃ時間かかったらしいぜ? しかし髭って印象変わるよなあ。俺も伸ばしてみようかな」
男らしさに憧れを抱くメアリが言うと、すぐにクーデルが待ったをかける。
「ダメ。メアリは可愛いままでいいの。それに髭なんか伸ばしたら、子供に頬ずりした時に嫌がられるわよ?」
「……じゃあやめる」
流石に子供に嫌われるリスクを背負ってまでワイルドを追求するつもりはないらしい。
「そうしろ。そもそも可愛い顔を髭でごまかしたってあまり意味がないことは、『巨人槍』殿で証明されているだろう」
「髭の効果を無にする童顔っぷりは世界最高峰ですから先代様は例外です。おじ様なのにあのお顔は……。大奥様がああおなりになるのも仕方ないかと」
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