第600話 酔っ払い

 今日も今日とておじ様達にしごかれてヘトヘトな僕達ヘッセリンク組。

 普段からグランパ達と命のやり取りというハートフルコミュニケーションをとっている僕はまだましなほうで、そもそもオーレナングに来るまで運動と縁がなかったのに高過ぎる強度のトレーニングを課されているエリクスと、活きのいい若手をぶん回すのが趣味だというカナリア公に文字どおりぶん回されたメアリは疲労困憊といった風情だ。

 上司としてはせめて景気付けをと思い、持ち込んだ酒と食べ物を解放してささやかな飲み会を敢行する。


「くそっ! 強すぎるだろあのジジイ!! 硬え! 速え! 意地が悪い!!」


 修行の進捗を共有しつつざっくばらんなトークを楽しんだ結果、珍しくメアリが酔っ払った。

 

「落ち着けメアリ」


 宥めるよう声をかけるけど、顔を赤く染めた可愛い死神さんは止まらない。


「落ち着けるかよ! いや、カナリアの爺さんに腹立ってるんじゃないぜ? 腹が立つのは俺自身にだよ。あんな爺さんにコテンパンにやられてちゃ、クーデルに申し訳が立たねえ!」


 あのお爺ちゃんが普通のお爺ちゃんじゃないことくらい理解しているだろうに、今のところ一矢も報いることができてないことが悔しいらしい。

 単純にカナリア公が強いというのもあるけど、メアリのために色々試しながら指導してくれてるらしいからその影響もあるんじゃないかと思う。


「メアリさん、弱いのに飲み過ぎですよ? さ、水飲みましょう? ね?」


 エリクスが心配そうに言葉をかけながら水を差し出すと、それを受け取ったメアリがなぜか瞳を潤ませる。


「え、俺、やっぱり弱え……?」


 やだ、弱ったメアリ可愛い。

 

「違いますよ! お酒! お酒にです!!」


 思いがけず親友に悲しい顔をさせてしまったエリクスが焦って真意を伝えるが、認めないというようにブンブンと首を横に振る。

 

「そんなことねえよ! 酔ったことなんて記憶にねえもん!」


 そう言って、渡された水ではなく杯のなかの酒を呷った結果、不安定に揺れ始めるメアリ。

 体幹オバケの弟分が軸を無くしたようにグラグラしてるんだから、いよいよ終わりが近い。

 

「あまり強くはないことは知っていたが、ここまで酔っているメアリを見るのは初めてだ」


「弱くねえ!」


 ギリギリ起きてるレベルだったのにカッ! と目を見開いたメアリ。

 しかし、すぐにまた目を細めてグラグラと揺れ始める。

 

「伯爵様がご存じないのは無理もありません。オーレナングであればここまで乱れる前にクーデルさんが回収してくれていましたから。他の家来衆の皆さんもここまでのメアリさんは見たことがないと思います」


「なるほど。メアリが恥ずかしい思いをしないようにしてくれていたのか」


 面倒見のいい姉さん女房だこと。

 そう感心していると、エリクスが苦笑いを浮かべる。


「メアリさんが酔っ払った可愛い姿は自分が独占するんだと。そう言っていました。そのあたり、クーデルさんにブレはありません」


 ああ、そっちね。


「多少のブレくらいは許されると思うのだがな。ほら、メアリ。もう眠れ」


「いーやーだー」


 抵抗のつもりなのか、床に転がってゴロゴロし始めるメアリ。

 くそっ、可愛いな。

 とか考えてる場合じゃない。

 明日も修行があるんだからそろそろ寝ないと僕も含めて明日が地獄だ。

 

「仕方ないか。エリクス」


「はい、なんでしょう」


「とりあえず簀巻きにしようと思う。手伝え」


「承知しました。では足から縛ってしまいましょうか」


 ロープを取り出した僕にツッコムでもなく腕まくりをする将来の筆頭文官君。

 あれ、絶対『おやめください!』とか止めてくれると思ったのに。

 流石に簀巻きはジョークだよ?

 乗り気になられると困っちゃうなあ。


【レックス様も酔っていますね?】

 

 酔ってない!


【酔っ払いはみんなそう言うんです】


 それは本当にそう。

 

「簀巻きは冗談だ。なあメアリ。カナリア公がお強いことなどわかっていたことだろう。お前も十分に強いが、いかんせん経験が違い過ぎる。今回は勉強させてもらおうじゃないか」


 ぼくが語りかけると、メアリが潤んだ瞳のままこちらを見上げてくる。


「でも、クーデルに怒られねえかな。負けて帰って」

 

「怒られるわけないでしょう。メアリさんはクーデルさんと、生まれてくるお子さんのために修行に来ているわけですから。大事なのは勝ち負けじゃないですよ」


「エリクスの言うとおりだ。ヘッセリンクに身を置くものとして勝負にこだわることはごく当然のこと。ただ、目的を間違えてはいけないぞ? 今回僕もお前も愛する家族のため、より強くなろうとこちらにお邪魔しているのだから」


 メアリはクーデルと子供を守るため。

 僕はエイミーちゃんを一昼夜膝に乗せてもダメージを受けないように。

 そう、全ては家族のためだ。


「家族のためかあ。へへっ、なんだかくすぐってえなそれ。ヘッセリンクのおかげで俺、家族ができたんだな」


 白い肌を赤く染めながら、嬉しそうにへにゃっと笑うメアリ。

 

「すまないエリクス。弟分が可愛過ぎる。もしヘッセリンクらしくない締まりのない顔になっていたら遠慮なく頬を張ってくれ」


 他所様の家なので可愛いいええああ! と絶叫しそうになったのはなけなしの理性で抑え込んだが、表情筋の管理まで手が回っている自信がない。

 最悪家来衆から気合を入れてもらおうと思ったんだけど、頼みの綱のエリクスもニヤニヤを抑えられないといった様子で頬を手で押さえている。


「伯爵様。自分が既に締まりのない顔をしていること、ご容赦ください。しかし今のはいけない。クーデルさんがこの場にいなくてよかった。妊婦が鼻血を出すなんて身体にいいわけがありませんから」


 それは確かにそうだけど、クーデルには今日のやりとりを余すことなく伝えてあげようと心に決めた。

 全編可愛いが詰まっているエピソードに、愛の戦士もきっと満足してくれることだろう。


 

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