第511話 未来のお話10 ※主人公視点外
朝のメイド仕事を終えて、いつもどおり妹達と軽い訓練で汗を流す。
今日はメディラとアドリア。
あと、先生役としてステム姉様が参加してくれている。
特に問題なく一通りの訓練をこなしたんだけど、一人明らかに様子がおかしい子がいた。
「アドリア。アドリア? ねえ、アドリア聞いてる!?」
「はっ!? あ、ええ、ユミカ姉さん。聞いていますよ。晩御飯は濃緑菜のかき揚げですね?」
イリナ姉様の長女で、妹達のまとめ役であるアドリア。
普段はしっかりしすぎるほどしっかりした子なのに、訓練どころか朝の仕事中から上の空で身が入っていない。
今も名前を呼びかけただけなのに頓珍漢な反応を返してくる。
「違うよ? そんな料理喜んで食べるのなんてマルディちゃんくらいだからね?」
「マルディ様が喜んで食べてくださるなら備蓄が切れるまで揚げ続けまがっ!?」
壊れかけたら叩いて直せ。
メアリお姉様の教えに従って軽くゲンコツを落とすと、頭を抑えてうずくまるアドリア。
「いい加減戻ってきなさい。クー姉様の悪いところはそこまで見習わなくていいから。どうしたの? 全然集中できてないみたいだけど」
「そ、そうですか? そんなことないと思いますけど。私は普段どおりヘッセリンクのために粉骨砕身全身全霊で仕事に取り組んでいますよ?」
目の焦点を戻しつつ泳がせるなんて器用だね。
でも、冷静で落ち着いていて大人びたアドリアがこんな状態になるなんて、原因は一つしかない。
「ふーん。あ、マルディちゃんにまたお見合いの話が届いてるらしいよ?」
効果は覿面。
カッ! と目を見開いて私の肩を掴み、鼻と鼻がくっ付くくらいの距離まで迫ってきた。
「な!? どこの女狐ですか!? いえ、家来衆としての興味であってそれ以上の意味はないのですが」
マルディちゃんが絡むとわかりやすく嫉妬しちゃうアドリア可愛い。
私もエリクス兄様にお見合い話を持ってきた王城の文官さんに向かって、ロックキャノンを撃とうとしたことがあったなあ。
クー姉様とステム姉様に止められちゃったけど。
「女狐って。わっかりやすいよねアド姉さんは。ねえ、マルディ様に何か言われたの? あの無自覚天然に酷いこと言われたなら奥様に報告しておくけど」
メディラはマルディちゃんを慕っているけど、それ以上にアドリアを慕っているのでこの方面の話になるとどうしても刺々しくなっちゃう。
そんなメディラの額を注意するように指で弾いたステム姉様も、やれやれと言うように首を振る。
「可愛いアドリアに酷いことをしたなら、いくら若様でもお仕置きしなきゃね」
ステム姉様は表情こそ変えないけど、クー姉様同様、イリナ姉様の娘であるアドリアを姪っ子のように可愛がっているからマルディちゃんの鈍感加減には思うところがあるみたい。
「大丈夫よ、メディラ。あと、ステムさんのお仕置きは大怪我につながるから絶対にやめてください。マルディ様対ステムさんなんて、被害が大き過ぎます」
「アドリアはマルディちゃんに甘いから。でも、そんなに集中を欠くようなら休みをとったほうがいいよ。いい機会だからまとまった休みをとってゆっくりしたら?」
アドリアが休暇を取っても問題ないくらいにはオーレナングの人も増えてるし。
なんなら帰るマルディちゃんと一緒に国都に遊びに行ってもいいんじゃないかな。
「……って、言われました」
そんなことを考えていると、アドリアが聞き取れないような声で何かを呟いた。
「ん? なに?」
聞き返してみると、耳まで真っ赤にしてわなわなと震えながらも、はっきりと聞こえるようこう言った。
「妻になってくれって。必ず迎えに行くから、待っていてほしいって、言われました」
妻に?
迎えに?
待っていて?
ええええええ!!!?
「メディラ!!」
「はい! すぐに奥様とサクリ様にご報告を」
メディラが両親譲りの反応で踵を返して走り出した。
ステム姉様は、そんなメディラを見送ったあとアドリアを優しく抱きしめ、その柔らかな頬に口づけする。
「アリスさん達には私から話をしておく。おめでとう、アドリア」
にっこりと微笑むと、手をひらひらと振りながら屋敷の中に消えて行った。
触れ合いが多めなのよね、ステム姉様。
「だけど驚いたなあ。あのマルディちゃんの辞書に、迎えに行くから待っていてほしいなんて甘い言葉が載ってるなんて」
お兄様ならわかるけど、あの堅物マルディちゃんがねえ。
弟の成長を感じて姉として喜んでいると、当のアドリアも顔を赤くしたままモジモジしながら頷いた。
「それは、私も驚きました。だって、そんなこと言われると思ってなかったし、不意打ちみたいに言われて、混乱してしまって、そのまま」
ん?
「……あれ? 一応確認するけど、ちゃんと返事したよね?」
「だって、あまりに急過ぎて! こ、心の準備ができてないって、逃げ出してしまいました……」
最悪じゃない!!
小さい頃から心待ちにしてたんだから心の準備もなにもあったものじゃないでしょう?
「マルディちゃん、予定繰り上げて今日国都に帰るらしいけど。え、まさか何も言わないつもり? 真面目堅物のマルディちゃんだよ? このままじゃ断られたと勘違いしてお見合い受けちゃわないかな?」
その言葉にハッとした顔をしたアドリアが、目に大粒の涙を浮かべてしがみついてくる。
「どうしよう、ユミカ姉さん。マルディ様、お見合いしちゃう」
やだ、可愛い。
じゃなくて。
えーっと、今からならまだ間に合うよね。
「話は聞いたわ、アドリア」
「クーデル、降ろして」
アドリアにどう求婚への返事をさせようか考えていると、ステム姉様を小脇に抱えたクー姉様が音もなく現れた。
いくら小柄でも成人女性一人抱えてるのにここまで気配を消せるのはすごい。
私ももっと頑張らなくっちゃ。
「可愛い一番弟子の恋の悩みと聞いては黙っていられないわ。さ、ついてきなさいアドリア。今ならまだ間に合うわ」
「間に合う?」
意味がわからず首を傾げるアドリア。
クー姉様は、そんな愛弟子の髪を撫でながら東の方向に視線を向ける。
「先程若様が国都に出発されたわ。追うわよ。死ぬ気で走りなさい。カイサドルに辿り着くまでになんとしてでも捕まえる。そして返事をするの。『迎えにきてくれるのをいつまでも待っている』と。いいわね?」
いや、返事をするのはいいんだけど、だったら馬を借りたらもっと早く追いつくと思うんだけどなあ。
「でも……」
「この期に及んで躊躇っている女に、次期ヘッセリンク伯爵夫人が務まるかしら? そんな臆病者は、若様がお見合いをして愛のない結婚をするのを指を咥えて見ていなさい」
わざと煽るようなクー姉様の物言いに、アドリアが涙を拭って絶叫する。
「いやです! マルディ様は私のものです。生まれてからずっと。他の女になんか、絶対に渡さない!」
あ、これは絶対屋敷の中にも聞こえたわね。
フィルミー兄様が聞いてたら頭抱えてそう。
「その意気よ。それでこそ私の一番弟子だわ。ユミカ。マハダビキアさんとザロッタに今夜は宴だと伝えておいて」
それだけ言って東に向けて走り出すクー姉様。
アドリアも慌ててそれを追う。
「うん、わかった。気をつけてね。アドリアも頑張って!」
「大丈夫、貴女ならできる。姫様の加護がありますように」
「はい! 行ってきます!」
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