第510話 迸る黒い衝撃
怒りで顔を真っ赤にしているボカジュニ伯爵との交渉に集中するため、やむを得ずコマンドの真っ当なツッコミを黙殺することにした。
「繰り返しになりますが、私の願いは一つだけです。貴方達が狙っているユミカという少女から手を引き、ジャルティクとして二度と関わらないと約束していただきたい」
はっきりとユミカの名前を口にすると、ボカジュニ伯爵よりも先にハイバーニ公爵が反応する。
「ユミカ? おや、私の娘と同じ名前だね」
どうやら空気を読む気はないらしい。
名前が一緒なんて奇遇ですね! じゃないんですよ。
「それはそうでしょう。貴方の娘らしいですから。十年前に貴方が手放し、これまで放っておいた、ね」
皮肉を込めてそう告げると、それまで柔和な笑みオンリーだった表情に、微かに疑問の色が浮かんだ。
「君は何を言っているんだい? 私の娘は」
「ハイバーニ公。真面目に取り合ってはなりません。者ども、出合え!!」
何かを言いかけたハイバーニ公爵を遮り、もみあげダンディが大声を上げた。
隣室にでも控えていたのか、主人の声に応じてぞろぞろと部屋に入ってきたのは揃いも揃って腕力自慢です! と看板を提げたような男達。
「先程も申し上げましたが、暴力では何も解決しませんよ? 無駄なことはおやめなさい」
「様々騙っておいて偉そうな口を叩くな若造め! 賊を始末した者には褒美を取らすことを約束する!! やってしまえ!!」
おお! と威勢のいい声をあげてジリジリと間合いを詰めてくる護衛の皆さん。
あまり他所様の家で派手にドンパチやりたくないし、できれば交渉で済ませたいんだよなあ。
【慣れないことをするものじゃないと反省したのは、つい先程では?】
それもそうか。
ヘッセリンクらしく、かつレックス・ヘッセリンクらしく。
彼ならきっとこうするだろう。
「エリクス、やれ」
「御意。火魔法『炎連弾』」
短い指示に対して、既に札を手に取っていたエリクスが火魔法を放つ。
なんせ全く護衛には見えないエリクスだ。
そんな彼から奇襲のように放たれた拳大の炎の弾丸が次々に護衛のお兄さん方を襲う。
「ちっ! 冴えない文官かと思えば護衛の魔法使いか! 手練だ! 油断するな!」
「冴えないとは酷い。彼は我が家の未来を支える将来有望な男ですよ? 頭がキレて魔法も堪能な、ね」
勝手に手練と思い込んでくれるならありがたいのでそのまま勘違いしたままでいてもらおう。
ドーピングウィザードであることを自覚しているエリクスは微妙な顔でこちらを見ているけど、頑張って凄腕魔法使いを演じてくださいな。
「そうそう。ここまでの道中で面白い話を聞きました。『エリーナの呪い』でしたか。あれは確か……、貴族の屋敷が燃えるところから始まるんだったかな?」
せっかくエリクスが火魔法を使ってくれたので動揺を誘うために呪いの件を持ち出してみると、ボカジュニ伯爵がおもしろくなさそうに吐き捨てる。
「呪いなどと馬鹿馬鹿しい。どこぞの賊が暴れたに過ぎん。賊がいまだに捕まっておらんのは業腹だが、過去の話だ」
どうも、賊の孫です。
賊の孫も賊扱いされてるなんて、歴史は繰り返すんだね。
「貴方がユミカから手を引く、二度と関わらないし他のジャルティク貴族の皆さんにも関わらせないと約束してくだされば、私も大人しく帰国することを約束します。ただ、お約束をいただけないのであれば」
マジュラス、瘴気貸して。
そう念じると、魔力が持っていかれる感覚と引き換えに僕の身体から漆黒の闇が迸った。
その異様な姿に、護衛だけでなく、ここまで強気を崩さなかったボカジュニ伯爵も後ずさる。
「約束しなければ、どうすると言うのだ」
「新たな呪いがジャルティクを襲うことになるでしょう。最初の標的は、もちろん貴方です。ボカジュニ伯爵様」
線香花火をイメージして身体の周りの空間で漆黒を弾けさせる。
「おお! これはすごい。君も魔法使いだったんだね! なんと美しい黒だ」
手を叩いて喜ぶどこまでもお花畑なハイバーニ公爵。
ここまで空気を読めないのはある意味の才能だ。
もしかすると、この状況でも僕が敵だと認識できていないのかもしれない。
「恐れるな! こけおどしに過ぎん! ボカジュニ伯爵家に楯突いた報いを受けさせるのだ!!」
一方のボカジュニ伯爵はちゃんと敵認定してくれているようなので、おかしいのはハイバーニ公爵で間違いないようだ。
「おいで、マジュラス」
屋敷内でゴリ丸とドラゾンは喚べないし、ミドリが駆け回るには若干狭い。
となるとミケかマジュラスになるんだけど、マジュラスが珍しく自分を喚べと熱いアピールをしているように感じたので応じることにする。
闇の中から飛び出してきたマジュラスは、ボカジュニ伯爵達を視界に収めると小さく手を振った。
「やあ、ボカジュニ伯爵殿。それと、そちらがハイバーニ公爵殿じゃな。こんにちは。そして、さようならなのじゃ」
一撃。
マジュラスから放たれた黒い衝撃が壁を、天井を、床を次々と切り裂く。
正面から衝撃にあてられたボカジュニ伯爵とハイバーニ公爵、ならびに護衛の皆さんは一人残らず泡を吹いて崩れ落ちた。
荒れ果て、静まり返った室内で立っているのは僕とエリクスとマジュラスだけ。
部屋の惨状にため息をつきつつ、エリクスが言う。
「伯爵様。ここからどうされるおつもりか伺っても?」
どうされるもこうされるもないさ。
決まっているだろう?
「流れで頼む」
俗に言うノープランだけど、そこはエリクスも心得たもので、余計なことを聞こうともせず軽く頷いてみせた。
「御意。直にオドルスキさん達も駆けつけてくださるでしょうから、それまでは手練の魔法使いのふりでもしておきます」
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《読者様へのお知らせ》
本年もよろしくお願いいたします。
月初恒例の未来のお話は、午後更新予定です( ͡° ͜ʖ ͡°)
ぜひ、そちらもお付き合いください。
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