第509話 猛省のちヘッセリンク

 ハイバーニ公爵のユミカとそっくりな笑顔を見て真っ先に浮かんだのは、似合わないことはするものじゃないなという反省の念だった。

 最近は貴族業にも慣れて来て、狂人脱却のため日々常識的な対応を心掛けてきた僕。


【え、どの辺りですか? 見落としました】


 具体的にはお伝えできません。

 今回も本来ならグランパのように単身乗り込んで話をつけるほうが早かったし、ラスブラン侯あたりにはよりヘッセリンクらしいと褒めてもらえただろう。

 ただ、ユミカにジャルティクを見せてあげたいという兄心と、娘や生まれてきたばかりの息子のため、常識的貴族という評価を確立しなければならないという使命感が前に出過ぎて、時間をかけ過ぎたのかもしれない。

 今思えば、お城を見に行った時にそのまま乗り込んで王様でも締め上げとけばよかったなあ。


【よかったなあじゃありません。いいわけがないでしょう】


 まあ、それは半分冗談だとして。

 せめてボカジュニ伯爵に会ったときにはヘッセリンクらしい対応をしてもよかったな、と。

 ついつい貴族らしい会話ができたんじゃないかとウキウキしちゃったんだよね。

 目的までの最短距離ではなく、遠回りをするルートを選んでしまったことが、この会う予定もなかった、というか会いたくなかった人物との顔合わせに繋がってしまうなんて。

 今後のヘッセリンク人生における大きな反省点として記憶しておかなければいけないな。

 そんな風にレックス・ヘッセリンクとして最大の反省会を行なっていると、ボカジュニ伯爵がしてやったりというような表情を浮かべる。


「どうした。公爵様にお声かけ頂き感激で声も出ないか」


 いいえ。

 らしくもなく無駄な手順を踏んだ結果、ややこしい状況を生み出した自分を責めているだけです。

 

「いやいや、僕はそんなに大した人間じゃないよ。ハイバーニ家が地位を保っていられるのは、こんな僕を見捨てず盛り立ててくれるみんなあってのことだからね」


 ハイバーニ公爵からの皮肉などは一切こもっていない、感謝100%に聞こえる言葉を受けて、ボカジュニ伯爵が恭しく頭を下げてみせる。

 本当に善人なんだろうなあ、ハイバーニ公爵。


「何を仰いますやら。皆、公爵様のお人柄に惚れ忠誠を誓っているのです。これからも一層ハイバーニ派を盛り立てる所存でございます」


 派閥の皆さんが惚れてるのは人柄じゃなくて血統と地位だろうに。

 よくもまあいけしゃあしゃあと。


「ああ。そうそう。若い商人君。これはまだ秘密なんだけど、近々レプミアから娘が帰ってくるんだ。せっかくだから、君に祝いの品を用意してもらおうかな」


 善人ハイバーニ公爵がとんでもない提案を行い、ボカジュニ伯爵もそれはいいとばかりに手を打つ。


「おお! それはいい考えですな。おい、金に糸目はつけん。姫様のご帰還を祝うためだ。贅を尽くした品を用意しろ」


 娘が帰ってくる?

 姫様のご帰還?

 片や、手放した事情には同情の余地はあるものの、十年間連絡もよこさず放っておいた親父。

 片や、派閥の、というか自分の権力のためだけにユミカを連れ戻そうとする腹黒貴族。

 この男達はユミカをなんだと思っているのだろうか。

 ああ、ダメだ。

 どうやら僕は水戸のご老公にも、プラティ・ヘッセリンクにもなれないようだ。

 コマンド、祝いの品用意。


【御意】


「では、こんなものはいかがでしょうか」


 はい、ドーン!!

 

「な!? なんだそれは!!」


 コマンドの保管から床に放りだしたのは、巨大な爬虫類の首。

 使いどころがなくてずっと塩漬けになっていたものなので、お近づきの印にプレゼントして差し上げよう。


「マッデストサラマンドと呼ばれる竜種の首ですな。なかなか手に入らない貴重品ですよ?」


「竜!?」

 

 おや、爬虫類は嫌いでしたか?

 仕方ないですね。

 

「それとも、こちらのほうがお好みですか?」


 マッデストサラマンドの首の横に、人の大人ほどある金色の瓦礫を添えてみる。

 

「おやおや、金かな? これは豪華だね」


 手を叩いて喜びを表すハイバーニ公爵。

 肝が太いのか何も考えていないのか。

 まあ、後者だろうね。


「ええ。こちらはレプミアの西方に位置するバリューカという国の王城の外壁です。壁も屋根も全て金色というなかなかの名城でしたが、惜しくも現在は瓦礫と成り果てております」


 瓦礫にしたのは僕です、とはもちろん言わない。

 念のために緑の草もそっと添えておこう。


「レプミア? バリューカ? 何を言っている? 貴様、気でもふれたか!!」


 へいダンディ。

 落ち着きなよ。

 大物ムーブから急に小物な反応に成り下がるのは、おたくの派閥のお家芸かい?

 自慢のもみあげが震えてますよ?


「もう少しお二方との仲を深めたかったのですが、慣れないことをすると状況を悪くすることがわかりましたのでこのあたりで」


 敵とはいえ、騙していたことへの心からの謝罪を込めて、カニルーニャ伯仕込みの礼を披露する。


「改めまして、ハイバーニ公爵様、ボカジュニ伯爵様。私はレックス・ヘッセリンク。北のレプミアにおいて、伯爵を務めております」


「レプミア? ヘッセリンクだと!? 貴様」


 流石にヘッセリンクの名前には反応するか。

 腰に提げた剣に素早く手をかけながらハイバーニ公爵を庇うように前に立つボカジュニ伯爵。


「もちろん信じるかどうかはお任せしますが、ボカジュニ伯爵様。願い事を聞いていただくというお約束は守っていただいてもよろしいでしょうか」


「何が約束だ、この賊めが!!」


 よほど腕に自信があるんだろう。

 吐き捨てると同時に素早く剣を抜き、歳の割には鋭い踏み込みと力強い振りで正面から襲いかかってきた。

 横で札を握り込むエリクス。

 それだとあまりにも被害が大きくなりすぎるので慌てて手で制し、風を纏って弾き飛ばす。

 

「落ち着いてくださいボカジュニ伯爵様。暴力では何も解決しませんよ?」


【一体どの口が?】


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