第507話 フラグ?

 宿に帰りついたのは夕方と呼ぶには少し遅い、周りが薄暗くなり始めた時間だった。

 オドルスキがメアリ達を呼びに行ってくれたので、みんなが集まる前にマハダビキアが持たせてくれた料理を並べておく。

 ジャルティクの料理もスパイスが効いてて個人的には嫌いではないんだけど、やっぱりオーレナングの二人が作るご飯には敵わない。


「お帰りなさいお兄様! あ、今日は叔父様達のご飯なの? やったあ!」


 部屋に駆け込んできたユミカが勢いそのままに僕に抱きついた後、テーブルに並べられた料理に気づいて目を輝かせた。

 マハダビキアの料理が美味いというのもあるし、ユミカにとってはこれが実家の味だ。

 旅先でこの味を食べることができると知って一番喜んだのは間違いなくこの小さな天使だろう。

 

「いかがでしたか? ボカジュニ伯爵の印象は」


 エリクスのシンプルな問いかけに、ボカジュニ伯爵とのやり取りを思い出してみる。

 一番印象に残ったこと言えば間違いなくこれだろう。


「レプミアの諸先輩方に負けず劣らずの渋いおじ様だったな」


 いや、もみあげと髭が繋がってるのかっこいいよね。

 僕も四十超えるくらいで髭に挑戦してみようかなあ。

 

「……なるほど。わかりました」


「エリクス、面倒だからって適当に流すんじゃねえよ。爺さんもハメス爺もいねえんだからお前が兄貴の手綱握る役目だろ」


 僕の回答に対して特に追及する姿勢を見せなかったエリクスに、メアリの叱咤が飛ぶ。

 メアリの言い様が予想外だったのか、言われた方の目はまん丸だ。


「自分が狂人レックス・ヘッセリンクの手綱を任されるのですか? 荷が重すぎますよ。一瞬で振り落とされるのがオチです」


 誰が暴れ馬だ失礼な。

 というか、僕も三十路だ。

 そうそうやんちゃする機会なんてないんだし、お目付役とかいらないから。

 そう反論しようとすると、普段なら成り行きを見守ることが多いオドルスキが珍しく参戦する姿勢を見せた。


「メアリ。ジャンジャック様とハメスロット殿がいないならお館様のお目付役は私ではないのか?」


「オド兄が? あー、じゃあ質問。もし兄貴が『めんどくさくなったから段取り無視して今から殴り込もうぜ!』って言い出したらどうする?」


 言うわけないだろそんなこと。

 今日はもう遅いし、常識的に考えれば殴り込むのは明日だよ。


【違う。そうじゃない】

 

「メアリ、さては私を馬鹿にしているな? お館様に殴り込もうと言われてどうするかなど、今回の遠征の意味を考えればそんなことは聞かれるまでもないだろう」


 自信満々に胸を張ったオドルスキの回答はこちら。


「もちろん一番槍はこのオドルスキが務めさせていただく。そのためにこれまでの人生で一番速く駆けて見せるさ」


 遠征の意味を考えた結果、殴り込みを許した上にいの一番に乗り込もうとするお目付役か。


「な? ダメだろ?」


 うん、ダメだね。

 答えは、『とりあえず一回諌めてみる』だよオドルスキ。

 一回諌めたことで、どんな結果になってもオーレナングに帰った時に言い訳ができるからね。


「ユミカもお義父様の次に速く走れるように頑張る!」


 しかし、盲目な忠臣っぷりを発揮し続けてきたオドルスキの背中を見て育ったユミカには、あの誤答がブッ刺さったらしく、小さな拳を握りしめて高らかにそう宣言してみせた。

 それを聞いたお義父さんは思わずにっこりだ。


「その意気だユミカ。流石はこのオドルスキとアリスの子。ただ、この父はまだまだ娘に追い抜かれるほど老いてはいないぞ?」


 娘を抱き上げてくるくる回るオドルスキ。

 堕ちた聖騎士時代のやさぐれた彼を知るブルヘージュの人間が見たら、あまりの変貌ぶりに他人の空似と思うかもしれないな。


「団欒はあとにしろって。緊張感ねえな」


  実際にはお目付役を担っているであろうメアリが眉間に皺を寄せるが、エリクスがその肩をポンと叩いた。


「まあまあ、メアリさん。ボカジュニ伯爵様は見た目くらいにしか特徴がなかったようですし、緊張し過ぎるよりもいいじゃないですか」


「ああ、さっきの兄貴の回答をそう取るわけね。で? 実際どうなんだよ。見た目とかじゃなくて敵としての評価は」


 敵としての評価ねえ。

 我が家の家来衆にわかりやすく例えると、こうなる。


「迫力はカナリア公に遠く及ばず、狡猾さはラスブラン侯が遥かに上。悪辣さに至ってはプラティ・ヘッセリンクの足元にも及ばない」


 レプミアが誇る二世代前の三巨頭と比べれば、全く問題は感じられませんでした。

 もちろん、ガブリエのような隠し球がなければだけど。

 気のいい白塗りさんかと思えば、クーデルが今のままじゃ勝てないって言い切った相手だ。

 もう一枚二枚、そのレベルがいてもおかしくはない。

 が、おそらくボカジュニさんはそれではないと判断した。


「どこと比べてんだよ。その爺さん達の誰か一人でも上回るとか、ヤバすぎて撤退一択だって」


 メアリが自分の肩を抱いて震えるふりをする。

 わかるよ、僕もあの人たちにはまだ勝てる気がしない。

 

「つまり、警戒する必要がないことが確認できた、と。では、予定どおり交渉を開始するということでよろしいのでしょうか」


「ああ。そのつもりでいてくれ。近日中に呼び出しがあるらしいからな。その時に決めてしまおう。すんなり終われそうでホッとしているよ」

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