第506話 商人の息子(擬態)

 所属派閥との関係が悪化している最中だというのに、オラトリオ伯爵からの紹介状(偽)の効果は十分に発揮されたようで、それほど待たされることなくすんなりとアポを取ることができた。

 オラトリオ伯爵領からの来訪ということで一応警戒しているのか、屋敷に入れるのは本人と護衛一人のみという指定を受けたので、オドルスキを連れて指定された日時にボカジュニ伯爵邸を訪問する。

 通された部屋でお茶など啜りつつ待っていると、やってきたのは五十になるかならないかに見える壮年男性。

 撫で付けられた赤茶けた髪と、もみあげと繋がるよう綺麗に整えられた顎髭が特徴のダンディだ。

 僕のなかのイケオジ図鑑がまた一つ埋まった。

 ボカジュニ伯爵は挨拶もそこそこにテーブルを挟んだソファにどっかりと腰掛けると、こちらを胡散臭そうに眺めながら口を開く。


「なんでも、オラトリオ伯爵領でも知る人ぞ知る大店の後継だとか? あの、自領の防衛にしか興味のない変人が紹介状を書いて寄越すなど、明日は雪でも降るか?」


 皮肉げに唇を歪める伯爵様の言葉を受けて、不自然でない程度に笑って見せる。

 その際、笑い声のボリュームとさりげない身振り手振りを忘れない。


「あっはっは! ボカジュニ伯爵様には、我らが領主殿は変わり者として映っていらっしゃいますか」


 大叔母様が変わり者なのは真実なので、ここは自然な対応ができたと思う。

 あんなに鎧姿が似合う女伯爵なんて、世界広しと言えどもそうはいないはずだ。

 僕のリアクションがお気に召したのか、ボカジュニ伯爵が理解できないというふうに、大袈裟に首を振る。


「歴代北の守りを任されているという確固たる功績がありながらそれ以上を望もうとしないのだから、変人と言わざるを得ないだろう」


 ジャルティク貴族としては機会があれば上を目指すべきだと、そう言いたいらしい。

 この考え方が主流だって言うんだから、王様のストレスすごそうだな。


「おやおや。そうするとボカジュニ伯爵様はそれ以上をお望み……、と。いえ、失礼いたしました。私如きが口を出していいことではありませんでした」


 若さに任せたわかりやすい失言を漏らして様子を見てみると、意外にも苛立ちなど負の感情は見て取れず、笑みを深めた。


「知っているかもしれないが、私はジャルティク貴族にしては穏やかなタチだ。その程度で腹を立てたりはしないさ。オラトリオ伯爵領の商人とのつながりを持てるというのはとても魅力的なことだからな」


 うっかりの失言を受けて簡単に頭に血が上るような脳筋さんなら、まどろっこしいことなしで正体明かして脅、話し合いに持ち込めばいい。

 そんなシナリオ1も用意してたけど、軽く躱された感じだ。

 

「ご期待に添えるよう努める所存でございます」


「しかし、若さというのはうらやましいものだ。つい先日オラトリオ伯爵領は小競り合いのすえ手酷い被害を受けたばかりだろう? しかも、攻め込んだのは私が属する派閥の者達。まさか知らないわけはあるまいな?」


 手酷い被害?

 確かに被害ゼロとはいかなかっただろうけど、僕達が介入した影響でそんなに酷いことにはなってなかったはずだけど。

 ああ、もしかするといきり立って出陣したのに返り討ちにあったのが恥ずかしくて戦果を盛ったか?

 

「ええ、存じ上げております。その責の一端がオラトリオ伯爵様にあることも、もちろん。私としては、これからもたびたびああいったことがあると困るのですよ」


 真実を教えて差し上げる必要もないので、大叔母さんを悪者しつつ、眉根を寄せて困り顔を作る。

 

「ですから、様々話を聞いていただけそうな貴族様を探して行脚しているところです」


「お前の父親はそれを知っているのか?」


「もちろん。このような動きを独断で行うほどやんちゃではありません。父も私の行動は支持してくれています」


 僕が断言すると、それまでどうとでも取れるような笑みを浮かべていたボカジュニ伯爵が呆れたようにため息をついた。


「初対面の貴族に思い切ったことを言うものだ。私がオラトリオ伯爵にお前の考えを伝えれば、商売どころか命すら危ういぞ?」


 深く低い低音でそう告げるが、別に僕を心から心配しているわけではないことくらいはわかる。

 まあ、大叔母さんに告げ口されたところで痛くも痒くもないので、目を細めて唇の端を吊り上げる、ヘッセリンクスマイルを放つ。

 

「これまでのご実績や、当代様のお人柄などから、交渉の余地がある方を訪ねているつもりでございます。派閥の地位が高い方はいるのでしょうが、私はボカジュニ伯爵様こそそうだと」


 一番上は大叔母さんに殴られて怒ってるし、二番目は代替わり直後で権力の移譲が済んでない可能性大。

 だから、三番目の貴方が一番交渉の余地があると踏みました。

 

「ほう。興味があるな。私はどのように見えている?」


 言葉どおり、興味津々といった風に身を乗り出してくるボカジュニ伯爵。

 

「お気を悪くされませんか?」


「笑い話とすることを約束しよう」


 よし、言質はとった。

 反故にされたとしてもそれはそれでシナリオ1が復活するだけだけど。


「政治力にも腕力にも優れた文武両道のお人柄ながら、役に立つかどうかが人を判断する基準という冷酷な方。庇護を得るには利益を提供し続ける必要がある、というのが専らの噂でございます」


 これは本当に大叔母さんやラヴァに確認した評価だから嘘ではない。

 リクエストに応えて外から見た正直なボカジュニ伯爵評を伝えると、おかしそうに肩を揺らし始めた。


「くっくっく。私はよっぽどの人でなしと思われているようだな。まあ、否定する材料は一つたりともないが、いいだろう。まずは合格だ。適当なメイドに宿を教えておくように。近日中にもう一度席を設けてやる。それまでに、私に具体的になにをしてほしいのか、考えをまとめておけ」


「ありがとうございます。では、次にお会いするときには、お願いしたいことを具体的にお伝えできるよう準備をしておきます」

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