第505話 ボカジュニ伯爵領、到着

 ピエロ系暗殺者のガブリエを一行に加え、目的地と定めたボカジュニ伯爵領を目指して歩を進める。

 道中、メアリがどこかのボンボンっぽい兄ちゃんにナンパされるというハプニングが起きたものの、それ以外は特筆することのない旅路だった。


 ボカジュニ伯爵の屋敷がある街に入ると、案内された宿の一階にある食堂でラヴァが待っていた。


「こっちだ、若旦那」


 僕達に気づくと、気安げに手を振って見せる。


「すまない、ラヴァ。待たせたか?」


 ハプニングはなかったものの、ユミカの足に合わせてやってきたので、予定よりも若干遅くなってしまった。

 オドルスキに抱っこしてもらって速度を上げようかとも提案したんだけど、パーフェクトヘッセリンク計画の一環でしっかり自分の足で歩かせないといけないらしい。

 異国の地でも我が家の天使は絶賛トレーニング中だ。


「いや、そんなには待ってねえさ。それよりもガブリエが迷惑をかけなかったか? いかんせん色々ずれてやがるからなそいつは」


「これはひどい言い草だねお父さん。私ほどしっかりした娘はいないだろう? なんと言っても仕事を掛け持ちしてしっかり稼いでいるんだから。安心してくれていいよ?」


 そう胸を張る自称娘。

 安心しろと言われた白髪の暗殺者は、これでもかと嫌そうな表情を浮かべて吐き捨てる。


「道化師と暗殺者掛け持ちしてる娘見て安心する親がいたらどうかしてやがるだろ」


 それは確かにそうだが、僕は伯爵と召喚士の掛け持ちと言えるだろう。

 これなら両親も安心だね。

 

「俺は暗殺者と執事掛け持ちだな」


 ガブリエと被ってる前者がちょっと不安です。


「自分は文官と研究者でしょうか」


 研究テーマが多少アレだとしても、表面上は食いっぱぐれなさそうで将来安泰っぽいのがいいね。

 

「えっとね、ユミカはね、ユミカは」


 悪ノリするメアリとエリクスを見て、その流れに乗ろうと一生懸命何か掛け持ちしている部分を探そうとするユミカ。

 そんな姿を見て、親バカ聖騎士様が娘をだき抱える。


「お前は私の娘と天使を掛け持ちしている。何も問題はないぞ」

 

 それを聞いて、満面の笑みでお義父様大好き! とオドルスキに抱きつくユミカ。

 あー、癒される癒される。

 

「茶番はもういいか? 若旦那。とりあえず言われたとおりの下準備は終わってるぜ? あんたはオラトリオ伯爵領で商売やってる大店のドラ息子ってことになってる」


 僕がラヴァにお願いしたこと。

 それは偽の身分をでっち上げてボカジュニ伯爵との面会約束を取り付けること。

 無茶を言っている自覚はあるけど、ジャルティク全土に根を張っている組織の力を使えば、そう難しいことでもなかったらしい。

 優秀でよろしい。


「商家の放蕩息子、か。それは楽しそうだな。オドルスキは護衛、エリクスはお目付け役、メアリは僕に巻き込まれて旅に付き合わされている弟ということにしよう」


「俺は現実とそんな変わらねえな」


 そんな悲しいこと言うなよ兄弟。

 巻き込んで連れ回してる自覚はもちろんあるけどさ。

 

「ねえお兄様。ユミカは?」


「ユミカはもちろんオドルスキの娘だ。普段のままで構わないぞ」


 ちなみに、裏設定は僕に付き合わされ過ぎてまったく家に帰らなかった結果妻に逃げられた可哀想な父親を放っておけず、私が一緒にいてあげなきゃ! とついてきてくれた心優しくも逞しい娘、だ。

 バカ息子である僕のせいで一つの家庭が崩壊してるけど、あくまで設定だからね。


「その辺は好きにしてくれ。どっちにしても目標に接触したら正体はばれちまうんだ。あんま凝った設定はいらねえだろ」


「面白くないことをしにいくんだ。少しくらい楽しんでもいいだろう」


 商家のドラ息子は世を忍ぶ仮の姿。

 しかしてその正体とは!?


【レプミアが誇る狂人伯爵、レックス・ヘッセリンク!!】


 僕の中では世直し系時代劇のイメージだったのに、コマンドのせいで戦隊ヒーローものに早替わりだ。

 きっと背景で大爆発が起きていることだろう。


「じゃあ私と隊長さんはヘッセリンク伯のお父様から息子を見張るよう命令された従業員親子ってことにしようか」


「お前まで乗るんじゃねえよややこしくなるだろ」


 ガブリエの提案を一蹴すると、ラヴァが懐から一通の封筒を取り出して僕に押し付けてくる。


「こっからは三文芝居の時間だ。筋書きはありがち過ぎて申し訳ねえが、オラトリオ伯から発行された体の偽の紹介状を持って直接ボカジュニ伯の屋敷に乗り込んでもらう。以上だ」


 確かにベタだけど、ベタと呼ばれるというのはつまり、それだけその事象が繰り返されてきた証だ。

 効果は折り紙つき。

 あとはこちらの演技力次第。


「難しい手順がなくて大変結構。しかし、オラトリオ伯の名を騙ったりしたら、大叔母様には多少迷惑をかけてしまうかもなあ」


 わざとらしい嘆息に、エリクスが厳しい顔で首を横に振る。

 

「仕方ありません。元はと言えば今回の件の発端にはオラトリオ伯爵様も多分に絡んでいらっしゃいます。多少迷惑をかけるくらいなら問題ないかと」


 オラトリオ伯さえユミカのことを漏らさなければこんなことにはならなかったので、迷惑かけても文句は言われないだろうと。

 まあ、概ね彼の言うとおりなので否定はしない。

 

「しかし、見舞金をせしめたうえに偽の紹介状の後処理も押し付けるか? エリクスもすっかりヘッセリンクだな。今のはだいぶハメスロットに似ていたぞ」


「それは嬉しいですね。お師匠様は自分の目標ですから。後輩もやって来ますし、お師匠様が引退されるその日までに、もっと成長しなければと思っています」


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