第504話 画伯

 ジャルティクの国都はレプミアのそれと遜色のない賑わいで、南国特有の熱気と活気、開放感に満ち溢れていた。

 遊びが目的ならさぞかしウキウキした気分になっていたことだろう。

 この先の行動をシミュレーションしながら粛々と、しかし緊張感を身に纏いながら街を往く僕達のなかで、唯一この熱気を楽しみ、視線の先にある城の威容に歓声を上げたのはユミカだった。


「うわー! お城おっきいね! 真っ白!!」


 その明るい声についつい気が緩んだのは僕だけではなかったようで。

 メアリがフードのなかで笑みを浮かべながら、同じく顔が見えないよう目深にフードを被ったユミカの頭を撫でてやっていた。

 エリクスが事前に調べたところによると、地位のある人間の家はデカければデカいほどいいというお国柄らしい。

 それなら王様の住まいは国で一番じゃなきゃいけないということで、冗談のようなサイズの城ができたんだとか。


「下品さだけならバリューカの方が上だな」


 僕がこれまで見たことがあるお城は四つ。 

 そのなかで、サイズならジャルティク、下品さならぶっちぎりでバリューカがトップに立っている。

 ちなみにレプミアのお城は質実剛健って感じだ。

 華美な部分は最低限にして、あるがままの機能美を追求している、らしい。

 前に飲んだ時に王太子がそんなことを言っていた。

 住んでる人間がそう言うんだからきっとそうなんだろう。


「他のどの国だって、あそこまで金キラキンの自己主張の激しい城、建てられねえだろ。他所から人が来るたび悪趣味だって笑われるぜ?」


 つまり、バリューカは外からの客が来ないからあれでよかったのだろう。

 中央の力が強すぎて批判とか出なかっただろうしね。


「今となっては金色の瓦礫だがな」


「瓦礫にして見せた犯人がよく言うぜ。で、どうする? せっかくだから景気付けに二つ目も崩しておくか? そうすると、仲間外れはよくねえから帰ったらブルヘージュの城も叩き壊しに行くか」


 メアリがケラケラと笑うと、オドルスキがゴンッと音が聞こえるレベルで拳骨を振り下ろした。

 

「私の前で祖国の城を壊す相談をするなメアリ。まったく困ったやつだ」


 オドルスキよ。

 軽いツッコミのつもりだったんだろうけど、メアリが頭を抑えて崩れ落ちてるから。

 手加減覚えようぜ?

 

「お館様。国都は素通りで一息にボカジュニ伯爵領を目指すと言うことでよろしいのですよね?」


「ああ。そのつもりだが、ユミカに一度ここは見せておきたくてな。生まれ故郷の中央に建つ城だから。ここが、この子の原風景だ」


 記憶にはないだろうし、ここに来たことがあるかもわからないけど、何かしら感じることがあればよし。

 なくてもデメリットはないからね。


「ユミカ。本当ならハイバーニ領に連れて行きたいのだが、ここで勘弁してくれ」


「うん! ジャルティクのお城のこと、ユミカ忘れないよ。真っ白で大きなお城。おうちに帰ったら絵を描いてお義母様に教えてあげなきゃ」


 満面の笑みを浮かべながら、そのエメラルドグリーンの瞳に焼き付けようと城を眺めるユミカ。

 どんな時もどんな場所でも家族への愛を忘れない姿はまさに天使だ。


「そうだな。よし、オーレナングに戻ったら僕とどっちが上手く描けるか勝負だユミカ。ユミカが勝ったら美味しいお菓子を買ってあげよう」


「やったなユミカ。美味い菓子ただ取りだ。高いやつねだろうぜ!」


 ヘイ、嘘だろ兄弟。

 それじゃあまるで僕の負けが確定しているみたいじゃないか。

 十歳とお絵描き勝負をして負けるなんてそんなまさか、ねえ?

 

「いや、兄貴絵だけは本当ダメじゃん。なんでそんな驚けるんだよ。オド兄と同じくらいダメだよ」


「まさか!」


 メアリの酷評を受け、オドルスキが驚愕の表情を浮かべながら、信じられないというように大声を上げる。

 

「いやいや、何をそんなに驚いているんだオドルスキ。まさか、僕より自分の方が絵が上手いとでも? 棒のよう人間しか描けないのに?」


 僕が首を振りながら肩をすくめると、普段は僕への忠誠心を擬人化したような男が唇の端を吊り上げながら大袈裟に両手を広げる。


「お言葉ですがお館様。四つ足の動物を描かれたら犬も猫も熊も全て同じなのは、流石に私もいかがなものかと思いますが?」


 お互い笑顔ではあるが、状況はまさに一触即発だ。

 ほんの少しの刺激で破裂しそうな緊張感が、その場を支配する。


「みっともない理由で睨み合うのやめなよ恥ずかしいから。その勢いでお城壊しましたとか、洒落にならないよ?」


 今にもお互い拳を握り込まんとしたその時、呆れたように声をかけてきたのは背の高い女性。

 振り返ると、つい最近も顔を合わせたばかりの兼業暗殺者が腕を組んでこちらを見ていた。

 正体に気づいたユミカが、女性の名前を呼びながら駆け出す。


「ガブリエ姉様だ!」


 ガブリエは地面に両膝をついてユミカを抱きしめた。

 その顔はだらしなく緩んでいて、すでにユミカに墜とされたことを証明している。


「やあ、可愛いユミカ。元気にしてたかな? はい、こちらをどうぞ」


 ハグを堪能し終えたガブリエが、本業の道化師よろしく何もない空間から小さな花束を取り出して渡す。

 

「うわあ! ありがとう! どこから出したの? ガブリエ姉様も魔法使いなんだね!」


 魔法が使えてもおかしくはないけど、今のは普通に手品だよね?

 そんな視線を向けると、唇に人差し指を当てて黙っておくようサインを出されたので、本題に入ることにする。

 

「人使いが荒くてすまないな、ガブリエ。ラヴァはもう南に向かったのか?」


 白髪の隊長さんの名前はラヴァ。

 僕達がボカジュニ伯爵領に向かうことは伝えてあるため、姿が見えないということは既に仕事にかかっているということだろう。


「隊長さんは暗殺者にしておくにはもったいないくらい仕事熱心で部下思いだからね。どこかの怖い貴族様に部下の命を握られてるんだから、そりゃあ張り切るよ」


「好きでそんなもの握っているわけはないだろう。心配するな。ちゃんと仕事をこなしてくれれば悪いようにはしない」


 捕虜なんて抱えてたって食費やらなんやらで意外と出費が嵩むんだからさ。

 二人がちゃんと仕事をこなしてくれたら、約束どおり暗殺者の皆さんは解放させてもらおう。

 僕の説明を受けたガブリエが真剣な顔で頷いた。


「うん。それはわかるよ。どうやら貴方はいい貴族のようだからね」


「いい貴族か。あまり言われないが、悪くはないな。さて、ガブリエのおかげで気分が良くなったところで、南に向かうとしようか」

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