第503話 天真爛漫

 なぜか仲良く腕を組んでやってきたジャルティクの暗殺者コンビ。

 ユミカを狙ってオーレナングに乗り込んできた彼らも、地下で繰り広げられたグランパからの熱い歓迎に心を動かされた結果、今回のジャルティク遠征に積極的に協力してくれている。

 やはり心を尽くした歓迎っていうのは胸を打つんだなぁ。


【実態は人質をとって働かせているだけですが】


 そういう見方もできなくはないよね。

 オラトリオ伯からの情報と暗殺者経由の情報を擦り合わせた結果、やはり中央方面に向かうのがいいだろうという結論に達した。

 

「ハイバーニだっけ? そこに行くんだと思ってたけど違うんだな」


 部屋に呼んだのはメアリとエリクス。

 オドルスキはユミカがお眠なので寝かしつけ中のため不在だ。


「ああ。オラトリオ伯の話を聞いた時点で不要だと思っていたんだが、ガブリエ達の情報を聞いてなおさらハイバーニ公爵に会う必要がないことがわかった」


 大叔母さんからもらった表の情報と、ガブリエ達から聞き出した裏の情報。

 ハイバーニ公の評価は、表も裏も寸分違わないものだったので確定と思っていいだろう。


「ユミカの実父殿に対するオラトリオ伯やガブリエ達の評価は、ジャルティクには珍しい善人らしい。しかも度を越した善人だと」


「ジャルティク一の悪人よりはマシじゃねえの?」


 メアリが小首を傾げてみせる。

 もちろん善人なのは大歓迎だ。

 僕も大きな括りで見ればそちら側の貴族だからね。

 今回の問題は、度を越したという点にある。

 

「本来ならな。ただ……」


 言葉を選ぶ僕を見て、エリクスが引き継ぐように口を開く。


「おそらく、ハイバーニ公爵様に話をしたところでユミカちゃんの件の抑えにはならないかと。自分もガブリエさんから話を聞きましたが、印象としては善人というよりは、取り巻きの暴走を抑えられない弱腰のお人好しの可能性が高いです」


 エリクスの忖度なしの全力ストレート。

 僕が言葉を選ぼうと逡巡した意味がなくなった。

 ちょっと前まで自分も弱腰のお人好しだったはずなのに。

 若手の成長に負けてられないね。

 

「評価ひっくいな。ただ、なるほどね。兄貴もエリクスもユミカの親父は頼りにならねえと踏んだわけだ」


 その理解で結構だ。

 ユミカの実父なのでなんとかいいところを見つけようと色々探ってみたんだけど、結局は徒労に終わった。


「オラトリオ伯には相当頭を下げられたが、ユミカのことは信頼する人間にも漏らすなと念入りに釘を刺したらしい。にも関わらずこんなことになっているんだからお察しというものさ」


 人を疑うことを知らない天真爛漫なおじさん。

 それが当代ハイバーニ公爵だ。

 余談だが、大叔母さんにはさらにプッシュして見舞金に色をつけてもらうことに成功している。


「頭ん中お花畑系かよ。本当ならユミカのやつを親父に合わせてやりてえんだけどなあ。エリクス、なんとかならねえのかよ」


 愛情深い弟分が親友に視線を向けるが、エリクスは無念そうに顔を歪めて首を振る。


「もちろん気持ちは自分も同じですが、やめた方がいいというのが結論です。どこにどう飛び火するかわかりませんから」


 僕達やユミカの言葉をどう受け取られて、それを伝言ゲーム的に聞いた取り巻きがどう動くかわかったものじゃない。

 それが僕とエリクスの共通認識だ。


「今回はユミカのことを全面的にヘッセリンクに任せてもらいたいと、そう申し入れるために来ている。それを誰と交渉すればいいのかと考えると、本来なら実の父親であるハイバーニ公爵に話を持っていくのが正しい。だが、本人がその交渉相手にならないなら別の人間に会いにいくしかないだろう」


 問題はハイバーニ公爵の取り巻きの中でより力を持っていてかつ話が通じる人間が誰かという点。

 バリューカみたいにローラー作戦で当たるたびに粉砕していくのもありかと思ったけど、なんたって今回はお忍び遠征だ。

 こちらにもあちらにも被害が少ないに越したことはない。

 グランパが若い頃そうしていたように、獲物を絞ってのヒットアンドアウェイが理想になる。


「で? 獲物は決まったのかい?」

 

「ああ、ボカジュニ伯爵。ハイバーニ派の序列では三番手と目されている人物だ。ジャルティク貴族らしく政争が得意なのはもちろん、腕力の方でも国内有数らしい」


 今回のオラトリオ伯爵領攻略にはなんらかの事情で出てきてなかったらしいけど、攻め手にもしボカジュニさんちが加わっていたら難しい結果になっていただろうとは大叔母さんの言葉だ。


「三番手? 上の二人はどうしたよ」


 もっともな質問だけど、もちろん答えは用意してある。

 

「筆頭と目されている貴族は先日オラトリオ伯に殴り倒されたことを恨みに思って、攻め込んで来る程怒り狂っているらしいからな。とてもじゃないが聞く耳は持たないだろう」


「そりゃそうか」


「二番手については最近代替わりしたばかりのようでな。まだ権力を先代が握っている可能性を考慮すれば交渉相手には適さない」


 というわけで今回はジャルティク貴族ハイバーニ派No.3。

 ボカジュニさんちにお邪魔したいと思います。

 国の中央から見てすぐ南隣らしいから、ついでにこっそりお城でも見学して行こう。

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