第502話 ピエロと隊長 ※主人公視点外

「や♪ 隊長さん。元気にしてるかい?」


 合流のために指定されたのはオラトリオ伯爵領の南にある街の飯屋。

 ガキの頃から飽きるほど食ってきたデカくて安い干物をかじってると、背の高い長髪の女が気やすげに声をかけてきた。

 一瞬誰だ? と思ったが、そのニヤケ面と声ですぐに同僚だと察する。


「……ああ、ガブリエかよ。白塗りしとけよ誰かわかんねえだろ」


 組織のなかでも抜群の腕を持つ女だが、本業は道化師で暗殺は副業と言い切る変態。

 仕事の前に道化師として活動することが多いみてえで、顔を合わせる時は大体白塗りだ。

 

「道化師の仕事でもないのに白塗りしてたら変人だろう? おかしなことを言うものだ」


「真性の変人が正論ぶってんじゃねえ。で? 首尾はどうだ」


「どうもこうも。本部は私達が裏切ったなんてこれっぽっちも疑っていないよ。なんたって、腕利きだからね。私も隊長さんも」


 俺達組織の人間はレプミアの西にあるオーレナングっつうやべえ場所で捕まり、そのなかでもずば抜けてやべえと思われる地下に放り込まれていたんだが、俺とガブリエは先に解放されてジャルティクに戻ることを許された。

 ヘッセリンク伯爵家がジャルティクに乗り込むための下準備をするために。

 

「腕は立つが人間性に難ありが俺達の評価のはずだろう? それなのに、仕事しくじって帰ってきた俺達を疑わないなんてあり得るか?」


 俺とこいつの共通点があるとすれば、人が悪いってとこくらいだからな。

 悔しいが、腕はガブリエのほうが一枚どころか二枚も三枚も上だ。


「給料と、当面回す仕事の量を減らすってさ」


「駆け出しの若手への罰だろそりゃ。罰が軽すぎて逆に怖えよ」


 かといって本部の馬鹿どもが妙に感の鋭えこいつを騙せるかと言われれば微妙だ。

 俺の考えてることを察したのか、ガブリエがうんうんと頷く。


「私も逆に? って思ったけど本当に違うらしいよ。大半の構成員が別の仕事にかかってるんだってさ」


 俺達がレプミアに行ってる間にまたどっかの馬鹿貴族が馬鹿なこと始めやがったか?

 相変わらず救いようがねえなこの国の貴族は。

 まあ、それで食い扶持稼いでる俺が言うことじゃねえが。


「人手不足で疑ってる余裕もないってか? 終わってやがるな」


「暗殺者組織だよ? 始まってすらいないさ」


「いいんだよそういう言葉遊びは。それよりも、どう思った。」


 俺の問いかけに、ガブリエは一切躊躇うことなく回答を寄越す。


「化け物の巣窟。……あれ、聞きたいのはヘッセリンク伯爵家ならびにオーレナングへの評価じゃなかった?」


「いや、それで合ってる。ジャルティク有数の化け物が化け物っていうなら化け物なんだろうな。くそっ、人が悪いばっかりにこんな目に遭うなら、ちゃんと人付き合いしとくんだったぜ」


 あそこにいる奴ら、全員本物の化け物だったからな。

 騎士はもちろん執事も、メイドも。

 一番やばかったのは地下に住んでるらしい火魔法使いの爺さんだったが。

 あれはもう化け物って呼ぶのも失礼なくらいだ。

 思い出すだけで今食った干物を戻しちまいそうになる。


「人付き合いのいい隊長さん? んー、ははっ」


「おい、お前みてえなやべえやつに乾いた笑いで評されるほど、俺の人間性はまだ腐り切ってねえっつうの」


「人としては私も隊長さんも腐ってるけどねえ。ただ、ヘッセリンクの住人と比べたら、まだ人間に近い生き物だよ。それだけは間違いない」


 珍しく真面目な顔で言うガブリエ。

 倫理観が終わってるこいつにこんな顔をさせる程度には、オーレナングでの体験は大きかったんだろう。

 ジャルティクを代表する化け物に、自分は人間だったんだと自覚させるなんてな。


「それがいいかどうか。この歳で部下を人質に取られて裏切り働きだぜ? 涙が出てくるわ」


 解放されたのは俺とガブリエだけ。

 残りは全員まだあの地下に捕まったままだ。

 仕事を上手くこなせばは命は助けてくれるっつう約束だがどうなるか。


「みんなが心配かい? 大丈夫さ。別に徒らにいたぶられてるわけでもなし。なんなら、ヘッセリンク側から見たら私達は大事なお姫様を攫いに来た大悪党だ。そんな悪党の扱いにしては上等だったと思うけど」


 日に三度飯が出てきて眠る時間も与えられる。

 これだけ聞けば捕まった暗殺者風情に与えていい待遇じゃねえのは間違いない。

 ただ、起きてる時間はずっと地獄だったけどな。

 

「お前が親方に簡単に地面に転がされたのを見た時にゃ、何遊んでんだと思ったぜ? まさか本当に手も足も出なかったなんてな」


 ガブリエだけじゃねえ。

 あの痩せた爺さんに俺も含めた全員が散々打ちのめされ、途中からは『魔法を使うと弱いものイジメになりますから』なんつって格闘だけになったが、それでもボコボコにされちまった。


「プラティさんのことを親方って呼ぶのやめなよ。また変な呼び方するなって燃やされても知らないからね?」


「今は組織裏切ってあの爺さんの下についてんだ。なら、爺さんを親方って呼んで何が悪いってんだよ」


 自分の属する組織の最上位にいるんだから親方だろうよ。

 そんな俺の考えを古い価値観だと笑うと、思い出したようにポンと手を打つ。


「そうだ。若い方の親方から伝言だよ。中央に向かうから情報を寄越せってさ」


 オラトリオ伯爵領から動かねえと思ったら俺たちの情報待ちかよ。

 

「ざっくりしてやがるな。まあいい。ほしいのはハイバーニやらその取り巻きやらの情報だろ? あんまり面白え情報はねえが、納得してくれるかどうか」


 俺が立ち上がると、なぜかガブリエが腕を組んでくる。

 

「旅行中の仲良し父娘って設定でどうだい?」


「こんな血生臭え娘持った覚えはねえよ」



ーーーーーー


【読者様へのお知らせ】

 先日お伝えしておりました書籍化につきまして、追加情報解禁のOKが出ましたのでご報告いたします。


出版社 MFブックス

発売日 2024.2.24

イラスト とよた瑣織先生


 詳細は出版社様のホームページに掲載されておりますので、ぜひご確認ください。

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