第501話 中央へ

「……は?」


 え、じゃあ攻撃された理由にユミカは関係なくない?

 てっきりユミカ絡みの諍いの延長で大叔母さんがピンチに陥ってると思って加勢したんだけど、もしかして早まったか。

 僕のそんな後悔を知らないオラトリオ伯は、奥歯をギリギリと鳴らしながら拳を握り込む。


「あれだけ釘を刺したにも関わらず、よりにもよってセルディア侯などという、顔と声と表面を取り繕うことしか能のない男を使者として派遣するなど愚の骨頂!」


 それだけいいところがあるなら立派なものだが、その意見については同意せざるを得ない。

 ただ、このテンションだと『釘を刺した』が限りなく比喩ではないレベルで行われた気配がする。

 武闘派だったのか大叔母さん。


「落ち着いてくださいオラトリオ伯。家来衆の方々の目がありますので」


「これが落ち着いていられるか! ハイバーニ公がおとなしやかで御し易いからと好き勝手しおって! 大体奴らが情けないからユミカが国を離れるハメになったのだろうが!!」


 ユミカの実家はハイバーニ家、と。

 公か候かややこしいけど、セルディアさんちが取り巻きになってるなら公爵様なんだろうな。

 貴族の最高位じゃないか。

 ユミカは本当にお姫様なんだな。

 天使とお姫様を兼任なんて、これはまずい。

 僕の妹分が、また一つパーフェクトヘッセリンクに近づいてしまったか。


【現実逃避はそこまでにしてオラトリオ伯を止めてください】


 了解。

 このままだとせっかく追い払った敵さんの追撃に移りかねない。


「オラトリオ伯! そこまでです。おい、ちょっと、あの、いい加減にしてください大叔母様!」


 何が悲しくて鎧姿で暴れる還暦前のおばさまを羽交締めにしないといけないのか。

 そこまでしてようやく我を取り戻したオラトリオ伯が、しつこいくらいに深呼吸を繰り返したあとどっかりと床に座り込む。


「すまない。まさか、いくらメンツを潰されたからと、利益度外視で派閥一丸となって攻めてくるとは思わなかったのでな」


 ジャルティク貴族にとってメンツとは何よりも優先されるものらしい。

 いや、僕がヘッセリンクだからそこまで重要視せずに済んでいるだけでレプミアでもそれは同じか。

 ヒゲ有り時代のエスパール伯なんかメンツモンスターだったもんね。

 

「あの、伯爵様。バラしてしまってもよかったのですか?」


 大叔母様との格闘を終えて一息ついた僕に、エリクスが遠慮がちにそう問いかけてくる。

 バラすとは?


「オラトリオ伯爵様との関係です。先ほどはっきりと大叔母様と」

 

 おや、やってしまいましたねこれは。

 お互いのためにも秘密にしておいたほうがよかっただろうに、ついつい口が滑ってしまった。

 さて、どうリカバーしようか。

 そんなことを考えていると、大叔母さんはそんな僕のおっちょこちょいを豪快に笑い飛ばした。


「まあバラしてしまったのは仕方ないだろう。お前達、よく聞け! こちらにいらっしゃるのはレプミア西方の守りを担う大貴族、ヘッセリンク伯爵殿だ! 彼の祖母の名はエリーナ。そう。私が敬愛してやまない、エリーナ姉上の孫が、彼だ」


 フロア中にどよめきが起きる。

 信じられないといった声も聞こえるなか、年嵩の家来衆のみなさんがグランマの名前が出るや否や歓声を上げた。

 グランマファンが複数、現役で勤めているようだ。


「いや、改めて盛大にバラさなくてもいいのですが」


「心配するな。我が家に私を裏切るような人間はいない。そもそも、姉上の関係者を積極的に害そうとする人間など、ジャルティクに存在しないぞ」


 いや貴女、グランマの妹なのにさっきまで思い切り害されそうになってましたけど?

 現役の当主はノーカウントとかそういう特別ルールでもあるんですか? 

 色々聞きたいことはあるけど、レプミア貴族の品位を維持するため、この場合の正しい選択は流す一択だろう。


「エリーナの呪い、ですか。そこまで怖がられているのですね、お祖母様は」


 より正確には、怖がられているのはグランパだけど。

 

「後ろ暗いところがあることを理解しているからさ。ジャルティク貴族に、エリーナ姉上の名前を出されて胸を張っていられる人間はほとんどいないからな」


 どれだけの人間がグランマの排斥に加担したのか。

 ここから先は会う貴族会う貴族、開口一番グランマの名前を出し、その反応を以て対応を決めさせてもらおう。


「それで、ここからどうするつもりだレックス殿。まさかこれで帰国するというわけではないんだろう?」


「帰るつもりはありませんが、どこに行くということも特に決めてません。まずはオラトリオ伯のお話を伺ってからと思い、立ち寄らせていただいのです」


 お話の内容次第では、この屋敷を瓦礫の山に変えることも辞さない構えだったが、とりあえず最悪の事態は避けられた。

 

「ユミカの件を綺麗に片付けるなら、中央に向かう方がいいだろう。ただ、道中には今日の阿呆どもが陣取っている可能性がある」


 逃げたと見せかけて待ち伏せしてる可能性か。

 オドルスキに視線を送ると、気負った様子もなく頷きを返してくる。

 その意味は、『余裕』だろう。


「問題ありません。あの程度なら適宜排除しながら進みますので」


「たった五人……、ユミカを除けば四人でか? いや、先ほどヘッセリンクというものを見せてもらったばかりだったな。レックス殿なら大丈夫だろう」


「ええ。あとはジャルティクに明るい者達を数人放っておりますので、よほどの獣道でもなければさほど苦労はしないかと」


「何を放ったかは聞くまい」


「それがよろしいでしょう。知らない方がいいということなど、この世には掃いて捨てるほどありますから」

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