第500話 ヘッセリンク×オラトリオ

 オラトリオ伯爵邸の玄関をくぐる際、心ある兵士達が見知らぬ一行を通してなるものかと立ち塞がったりするハプニングはあったが、騒ぎを聞きつけた大叔母さんがダッシュで駆けつけてくれたので事なきを得た。


「ヘッセリンク伯! よく来てくれた。天の助けとはこのことだ」


 相変わらずの男装、というか自ら撃って出ることもやぶさかではないと言わんばかりの鎧姿のオラトリオ伯。

 飾り気のない灰色の鎧はところどころ傷が刻まれており、これがただのファッションに留まらないことを物語っている。

 惜しむらくは、この傷が内輪揉めでついたんだろうなあということか。


「いえ、大したことはしておりません。召喚獣を遊ばせただけですので」


「あれがレプミア一の猛者、レックス・ヘッセリンクの力か。実際に目の当たりにすると恐ろしいものだな」


 そう言いながら身体を震わせるオラトリオ伯。

 恐ろしい?

 ゴリ丸とドラゾンが?


「近くで見ると可愛いものですよ? 私の妻に撫でられると、もっともっととおねだりしたりしますしね」


 喚ぶたびにエイミーちゃんを探しては突撃するからなあの子達は。

 まあ、あのサイズの召喚獣を真正面から受け止めて微動だにしないエイミーちゃん側にも思うところはあるが……、可愛いからいいか。


「あの可愛らしい奥方があの召喚獣達を撫で回すのか? いや、それはいい。改めて礼を言わせてもらう。このとおりだ」


 家来衆の前だというのに、外国の貴族に深々と頭を下げる大叔母さん。

 相手が僕みたいな若造なこともあってみんな驚きに目を見開いている。


「これは一体どういった状況でしょうか。お忍びで遊びにきてみたら、ジャルティクの北の守りであるオラトリオ伯爵が囲まれて攻められているとは。驚きましたよ」


「遊びに来たのではないのだろう? セルディア侯がオーレナングに顔を出したのだな?」


「セルディア侯……?」


「下手くそか」


 あまりの大根っぷりに、メアリの無慈悲なツッコミがブッ刺さる。

 まあ、遊びに来たは流石に無理があるよね。

 大叔母さんも伊達に権力闘争大好き国家で伯爵の座を張ってないわけで、すぐに事情を察してくれたようだ。


「今のやり取りで十分。ユミカ、そしてオドルスキ殿。すまない。私が至らないばかりに、迷惑をかけてしまった」


 大叔母さんが今度は幼い子供にまで頭を下げるものだから、オラトリオ伯爵家の家来衆は大混乱だ。


「大丈夫だよ? ユミカ怒ってないよ?」


 オラトリオ伯の謝罪に幼いながら何か感じるところがあったんだろう。

 ユミカが鎧姿の大貴族に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。


「ユミカ……」


 感極まったように抱き締め返すオラトリオ伯。

 感動的な場面ではあるが、手加減してくれよ。

 うちの可愛い天使が潰れちゃうだろう。


「詳しいことをお聞かせ願えますか? お察しのとおり、キルマーノ・セルディアなる無礼者がユミカを引き渡せと乗り込んでまいりました。供回りに暗殺者を潜ませて、ね」


 お宅の同僚どうなってるの? と言外に含ませると、主従揃って苦い表情を浮かべる。

 この顔を見るに、セルディア侯と仲良しというわけではないらしい。


「とは言うものの、我々はヘッセリンクですのでこちらに人的な被害はありません。多少屋敷が荒れた程度です。修繕には相応の費用がかかりそうですが、ね」


 あー、出費が痛いなあ。

 外国の貴族が暴れなければなあ。

 

「……些少ではあるが、我が家から見舞金を出そう」


 ご馳走様です。

 これで王様からもある程度せしめれば、うちの手出しはぐっと抑えられるな。


【経済を回すとは?】


 お金に色はついてないから大丈夫大丈夫。

 

「セルディア侯はどうなった?」


「面倒だったので国都に送りました。陛下に全てお任せすることにしています。追ってこちらの然るべき立場の方に連絡が入るかと」


 裁きは偉い人同士で決めてくださいと伝えてある。

 合わせて、二度目はないということも。


「そうか。自国の人間が馬鹿ばかりで嫌になる」


 片手で顔を覆い、盛大にため息をつくオラトリオ伯。

 その苦悩っぷりはとても演技には見えない。


「まあ、セルディア侯だけ見るとお世辞にも賢いとは言えませんでしたが。それで、何があったのですか。事と次第によっては、召喚獣をこの屋敷に差し向けなければなりませんよ?」


 僕の威圧に反応した護衛の皆さんが剣を抜こうと動く。

 しかし、音もなく移動したメアリがオラトリオ伯の喉元に刃物を突きつけて笑うと、護衛全員からくぐもった声が漏れた。


「動くなよ? 悪いけど、どっちかってえと俺はあんたらを敵認定してるからな? 言うこと聞いてくれねえと、あんたらの親分、ブスっといくぜ?」


 メアリの醸す雰囲気に、ブスっといくがブラフじゃないと察した護衛達が、次々と腰に提げた剣を床に放る。

 本当に優秀だな。

 メアリに刃物を突きつけられたまま微動だにせず動向を見守っていたオラトリオ伯が僕に目配せをしてくる。

 ユミカに聞かせたくないことでもあるんだろう。

 メアリにユミカを連れて部屋の外に出ているよう指示を出す。

 二人の姿が見えなくなったところで、オラトリオ伯が経緯の説明を始めた。

 

「何があったかと言われれば、ユミカがレプミアで保護され、幸せに暮らしていることをあの子の生家に伝えただけだ」


 うん、極めて妥当だな。

 そこでユミカの実のご両親が遠くから娘の幸せを祈ってくれていれば、丸く収まっていたはずだ。

 だが、現実は違う。


「それでどうやってこの状態につながるのかわからないのですが」


「ユミカの生家自体は、王家の血を引いているものの特段権力をもつ類の家ではない。が、尊い血の周りには様々な取り巻きがいるものでな」


「話を聞きつけた、甘い汁を吸いたいだけの第三者が勝手に騒ぎ出した、と」


 エリートだけど力はないらしいユミカの実家。

 多分、最低限の権威を保つために昔から筋の良くない取り巻きとも付き合いがあったんだろう。

 

「御名答。阿呆どもの動きを察知した私はすぐに中央に向かい、俗物どもの長に余計なことをするなと釘を刺したのだが、力及ばず」


 血が滲むほど唇を噛み締め、無念を表す大叔母さん。

 やれることはやってくれていた、と。


「ユミカの生家が属する派閥にとって、オラトリオ伯の存在は害にしかならない。いい機会だから目の上のたんこぶであるオラトリオ伯爵家を叩いておこうと、そういうことですか」


「いや。言うことを聞かない派閥の長を中央の往来で殴り倒したからな。恥をかかされたとでも思ったのだろう。これはその報復だな」


 

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