第499話 オラトリオ伯爵領

「来い! ゴリ丸! ドラゾン! マジュラス!」


 南に向かうと、そこは戦場でした。

 いや、割と真面目にオラトリオ伯爵がピンチに陥っているところに鉢合わせたらしい。

 女ピエロことガブリエお手製の地図に沿ってオラトリオ伯爵領の中央を目指した僕達。

 ユミカの体力に気を配りながら歩き続け、ようやく辿り着いた目的地で目の当たりにしたのは、領主のものと思われる堅牢な屋敷の周りを様々な鎧を身につけたたくさんの兵士が囲んで攻め立てている光景だった。


「ゴリ丸とドラゾンは屋敷に群がっている雑兵どもを排除しろ! 多少手荒でも構わん!」


 僕の魔力を受けとった途端、ゴリ丸がダイナミックに地面を蹴って駆け出し、ドラゾンも遅れてなるものかとそれを追う。

 二体の乱入は戦場に混乱をもたらした。

 控えめに言っても大混乱だ。

 それまでイケイケで攻め込んでいた兵達が次々と弾け飛ぶ。

 ピンボールよろしく跳ね飛ばされていく同僚を見た兵達は一気に恐慌状態に陥った。

 

「おいおい。権力闘争が好きとは聞いてたけど、殴り合いもするのかよジャルティク貴族さんは」


 繰り広げられるゴリ丸とドラゾンのデュオを遠目に見ながら、メアリが呆れたように呟く。

 その言葉を拾ったエリクスが、否定するように首を振った。


「聞いていた話とは違いますね。ジャルティク貴族が好きなのはあくまでも政治力を戦わせる暗闘であって、武力を持ってのぶつかり合いは避ける風潮にあったはずなんですが」


 ロソネラで仲良くなったオラトリオ伯爵の家来衆からそう聞いていたらしいが、目の前の状況を見るにとてもそうは思えない。

 まあ、北の守りの要であるはずのオラトリオ伯爵家を攻撃してる時点で、この国の貴族の頭のネジが相当緩んでいることは理解できたが。


「マジュラスはユミカを守れ。我が家の天使に小石一つ当たることのないように」


 アタッカーはゴリドラに任せて、マジュラスにはディフェンスを担当してもらう。

 相変わらずの王子様ルックな彼には、我が家のお姫様を守る役目を任せよう。


「御意なのじゃ。しかし、多勢に無勢といった感じじゃのう。劣勢の側に加勢するということでよいのか?」


「身内であることと、派手に囲まれて攻められていることを考慮してオラトリオ伯側につく。あくまでも一時的にな」


 オラトリオ伯の考えを聞いたうえで本格的に暴れるかどうかを決めるというのが基本方針だからね。

 周りの有象無象を片さないとおちおち話も聞いていられない。


「ま、話聞いて暴れるって手順が、暴れて話聞いて暴れるって風に変わるだけか。んじゃ、行ってくるわ」


 乱暴な結論を導き出したメアリがヒラヒラと手を振って歩き出す。

 

「どこに行く気だ?」


 僕の問いかけにゆっくり振り返ると、美しい顔いっぱいに凍えるような死神スマイルを浮かべてみせる弟分。

 

「オラトリオ伯爵様に俺達が加勢するって伝えた方がいいだろ? ちゃちゃっと屋敷に忍び込んで伝言してきてやるよ」


 気が利くことだが、あの顔から察するに、久しぶりのよそのお宅への侵入ミッション、しかも相手が外国の大物というシチュエーションにテンションが上がっているらしい。

 新しいおもちゃを与えられた子供の顔だなあれは。

 

「さてさて。オラトリオ伯爵家が善で、相手が悪だったら大変助かるのですが……」


 楽しそうに駆けていくメアリの背中を見送ったオドルスキが険しい顔を見せる。

 ユミカの存在が漏れたきっかけは間違いなくオラトリオ伯だ。

 ただ、あの大叔母さんは根っからの悪人ではなく、むしろ善人の部類だろう。

 そんな人がなぜ僕達を敵に回すような真似をしたのか。

 オラトリオ伯爵家に何か避けられない、そうせざるを得なかった事情があったりしたらいいなと思っているのは、聖騎士も同じなようだ。


「逆なら逆でやむをえない。その場合は、オラトリオ伯にもヘッセリンクの悪夢を体験していただくだけさ。お祖母様には申し訳ないがな」


「先々代様は奥方様を大変愛していらっしやったようです。その生家と矛を交えたとなると、お怒りになるでしょうか」


 炎をバックに怒り狂うグランパでも想像したのか、オドルスキとそれを聞いたエリクスの顔がこれでもかと曇る。

 ただ、それは杞憂というものだ。

 プラティ・ヘッセリンクの孫として断言してもいい。


「いいか二人とも。お祖父様が愛していたのはお祖母様であって、それに付随する諸々には一切興味がない。あの方はそういう人さ。生家だろうがなんだろうが、お祖母様に仇為す存在ならば、プラティ・ヘッセリンクは躊躇うことなく牙を剥くだろうさ」


 炎狂いさんの世界はお祖母様とそれ以外に綺麗に二分されているみたいだからね。

 オラトリオ伯爵家と殴り合ったところで、腹を抱えて笑われるのが関の山だ。

 この説明に、オドルスキとエリクスだけでなく、ユミカもこくこくと頷いた。


「非常に納得のいくご説明です。一分の反論の隙もありません。ならば、視界に入るジャルティクの兵どもことごとくを敵とみなしてもなんら問題ないということですな」


「乱暴な言い方をすれば、そのとおりだ。まあ、身内としては大叔母様がユミカのことを漏らしたのは、やむにやまれぬ事情だったのではないかと淡い期待をしているが」


 頼むからオラトリオ伯爵家の権力欲のためとかではありませんように。

 もしそうだったら、視線の先にあるオラトリオ伯爵邸の崩れ去る音が、ジャルティク版『ヘッセリンクの悪夢』開幕のベル代わりになってしまう。

 

「身内同士での争いなど、楽しいものではないですからな」


 ヘッセリンクの家来衆として生まれ故郷と、さらには共に育った妹分と一戦交えた経験があるからねオドルスキは。

 

「そういうことだ。……ん? 兵が退き始めたか? なかなか賢いじゃないか」

 

 南に向かって移動を始めた兵の動きを見てそう言うと、オドルスキが即座にそれを否定する。


「いえ、恐らくですが未知の敵が現れたことで恐怖にかられたのでしょう。その証拠に引き上げの合図が出ている気配がありません」


「壊走、ですね。いや、相手があのゴリ丸とドラゾンです。逃げ出したって、誰がそれを責められるでしょうか」


 責めることはできない(反語)、というやつだな。


「責めるどころか、むしろあの子達を前によく耐えたと褒めてもいいくらいだが、さて。危険がなくなったところで大叔母様のお宅にお邪魔するとしようか」


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