第498話 レプミア貴族の品位

 南の海を知り尽くしたロソネラの船乗りの腕は確かで、混乱する所属不明の船の横を華麗にすり抜けるとそこからは速度を上げ、悠々とジャルティクの北の端に到着してみせた。

 到着したのは人気のない砂浜にある桟橋。

 話を聞くと、昔から使われている非合法の玄関口らしい。

 ジャルティクにこれがあるということは、レプミア側にも当然似たような場所があるはずだが、興味を持った素振りすら見せないのがマナーだというのがグランパの教えだ。

 

「それじゃあ俺達はここまでだが、帰りはどうする?」


 船から降ようとする僕にリーダー格の男がそう尋ねた。

 必要なら迎えに来てくれそうな言い方だけど、首を振って不要であることを伝える。


「いくつか考えがある。今回は助かった。元締めにはくれぐれもよろしく伝えてくれ。ああ、少ないがこれは駄賃だ。みんなで一杯やってくれ」


 感謝を伝えつつコマンドに保管してもらっていた袋を渡してニコリと笑ってやると、船員諸君も悪い笑顔でニヤリと笑みを返した。

 お礼はケチらず弾みに弾めという、こちらもグランパからの教えだ。

 

「承知した。若がジャルティクの阿呆どもの船を沈めた話を聞いたら爺様、そりゃあ悔しがるだろうぜ? 見たかった! ってさ」


「おいおい間違えてはいけないな。僕らはジャルティクの船なんか沈めてないさ。あれはあくまでも、所属不明の船だ」


 いったいどこの国の船だったんだろうなと肩をすくめると、船員たちが一斉に笑い声を上げた。

 ウケた!

 やったよお義父さん!

 ユーモアが通用しました!

 ひとしきり笑ったリーダー格が涙を拭いながら僕に右手を差し出してきたので、がっしりと握りしめておく。


「南から来た所属不明の船を沈めた話、しっかり伝えとくよ」


 ユーモアの通じる素晴らしい男達よ。

 また近いうちに会おう。

 万感の思いで船を見送っていると、家来衆が身体の状態の確認を始めた。


「ユミカちゃん、船に乗るのは初めてだっただろう? 身体に痛いところはないかな?」


「うん、大丈夫! ユミカ元気です!」


 エリクスの問いかけにユミカが元気よく手を上げながら答える。

 どうやら本当に船酔いもなく、狭い船の中は窮屈だっただろうに普段どおりの元気さを維持しているようだ。

 素晴らしい。

 

「エリクス、お前はどうだ?」


 最近鍛えているとはいえ文官で研究者なエリクス。

 休む間もなく船旅になだれ込んだため体力的に厳しかったんじゃないかと声をかけると、意外なことにその顔には笑顔が浮かんでいる。


「問題ありません。多少の疲れはありますが、それよりも初めて訪れる国への好奇心が溢れて抑えられない方が心配です」


 そう言いながら不敵にメガネを光らせたエリクスに、男としての成長を感じた。

 立派になったねまったく。


「言うじゃないか。頼もしい限りだ。よし、では出発しようか」


 エリクスとユミカが万全なら問題ないなと歩き出そうとすると、メアリがパンパンと手を叩く。

 

「おい兄貴、一応俺達のことも心配しろよ」


 俺達って、メアリとオドルスキのことを?

 心配する?

 んー。


「すまないメアリ。知っているとおり僕は効率重視で無駄なことはしない主義なんだ」


 なので、聞かなくても元気じゃないわけがない君たちのことを心配したりはしないわけだ。

 普段から飛んだり跳ねたりしてる三半規管強者の二人が船酔いになんかなるわけがない。


「効率重視とか、どこのレックス・ヘッセリンクだよそれ。ぜひ仕えてみてえもんだ。なあオド兄」


 皮肉げに唇を歪めて言うメアリ。

 しかし、振られたオドルスキは首を傾げてキョトン顔だ。


「効率重視のお館様にか? 私はどんなお館様でも一向に構わないが、多分お前は物足りなくなってしまうと思うぞ。メアリは破天荒で無軌道なお館様を追いかけるのが好きだろう?」


「その言い方だと俺が相当な変態みたいじゃねえかやめろよ!」


 確かにその言い方だとメアリがとんでもないMみたいに聞こえるな。

 反論したくなるのもわからなくはない。

 しかし、メアリがヘッセリンクに来た時からの付き合いであるオドルスキが、悪気もなく追い込みをかける。


「そうか? 最近のクーデルとの関係を見ても、追われるより追う方が性に合っているのかと思っていたが」


 愕然とするメアリ。

 しかしまだ終わらない。

 義父に続けとばかりに天使が追撃を仕掛ける。


「メアリお姉様とクー姉様、昔よりすごく仲良しだもんね!」


 何か思い当たる節でもあるのかみるみる顔が赤くなるメアリ。

 

「……よし。この話やめようぜ。分が悪い気がするし、こんな緩い会話してていい場所じゃねえだろ」


 弟分のあまりの可愛さに、もう少しいじりたくなる気持ちをグッと抑える。

 これ以上は怒らせてしまう可能性があるからね。

 追及するのは仕事が全部終わってからにしよう。


「では、今度こそ行くとするか」


「伯爵様。まずはどちらに向かわれますか? ここからの予定は教えていただいておりませんが」


「最初の目的地にはもう着いているぞ? ここだ」


 第一の目的地は、ジャルティクの最北端の領地。

 船を降りた瞬間に到着している。


「ああ、そういうことね。オラトリオ伯爵様の顔を見に行くわけだ。どうする? 余計なことしやがって! ってことで暴れる感じ?」


 物騒だね兄弟。

 もちろん余計なことしてくれたとは思うけど。


「ならばこのオドルスキが先鋒を務めましょう。オラトリオ伯とは個人的にお話しさせていただきたいこともありますので」


 大剣を肩に担いで海とは逆方向を睨みつける聖騎士。

 まあ、気持ちはわかる。

 わかるけど落ち着いてほしい。


「二人とも目をぎらつかせているところ悪いが、暴れるかどうかは大叔母上の話を聞いてからだな。いきなり襲いかかるような野蛮な真似をしてはレプミア貴族としての品位が疑われてしまう。あくまでも紳士的に。暴れるのはそれからでも遅くないさ」

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