第497話 暗い海に降り注ぐ緑色の雨

 グランパから教えられた魚屋さんがデミケルの実家だと判明したその日のうちに、僕達は船に乗り南に旅立った。

 せっかく取った宿には申し訳なかったけど、ちゃんと一泊分は代金を払ってきたので勘弁してもらおう。

 宴会?

 参加するわけないじゃないですか。

 今回はユミカのために強い覚悟を決めてレプミア最南端までやってきたんだ。

 宴会への誘いに乗るなんてとんでもない。

 ヘッセリンク伯爵としても、ユミカの兄としてもきっぱりと参加を断ってやったさ。


【はいダウト】


 そうですね、白状します。

 宴会の開催は未然に防がれたというのが実際のところだ。

 デミケルがヘッセリンクに就職することを知ってテンションが上がり、飲むぞと騒ぐお祖父さんを張り倒し、よくわからないけど宴会ならいいかと走り出そうとした親父さんをとっ捕まえてひきずり倒したのは、お祖母さんだった。

 薄々気づいてたけど、あの家で一番強いのは多分お祖母さんだな。

 男達を正座させたお祖母さんは、旦那と息子にこう凄んだ。


『てめえら、お忍びって言葉の意味わかってるか? あ?』


 と。

 こちらから顔は見えなかったが、想像するに鬼の形相だったに違いない。

 だって、凄まれた方は青い顔で何度も頷いてたから。

 確かにお忍びで来てるのに宴会なんかに参加したら色々バレるよね。

 お酒出されて断ったりしたら失礼だから絶対飲んじゃうし。

 うん、そういう意味では助かった。

 ありがとう、デミケルグランマ。


 さあ、そうなればあとは熟練の船乗り達に任せてジャルティクの北端に到着するまでゆっくりするだけ。

 とは、いかなかった。

 

「若! 南から正体のわからねえ船が三艘! 暗いうえに遠目だから見辛えが……味方ではねえだろうな」


 接近してくる正体不明の船。

 グランパが呪いの元締めやってた頃はこうやってジャルティクの船がうろちょろしてたらしいけど、どうだろうか。


「ふむ。正体がわからないのであればこちらから手を出すわけにもいかないからな。何があっても対応できるよう準備だけはしておくから粛々と進んでくれ」


 運が良ければ深夜に操業してる善良な漁船の可能性もあるしね。

 こと運に関しては他の人間よりもいい方だと言っても過言ではないからな僕は。

 つまり、あの船は敵ではないはずだ。

 

【それは過言であると、温泉探しの際に結論がでたはずでは?】

 

 僕は納得してないのでその結論はノーカウントだし、実際温泉も出たじゃないか。

 まあ、別のものも出たんだけどさ。

 

「あいよ。どっちにしろ爺様からの指示だ。若の意向を無視して逃げ出したりしたら、爺様と婆様に折檻されちまう」


 船員のリーダー格であろう丸太のような腕をしているお兄さんが、夜でもわかる白い歯を剥き出しにして笑う。

 爺様はわかるけど婆様からも?

 

「なあ、あの婆さん怖すぎねえ?」


 メアリも同じ感想をもったらしい。

 いくら息子でも体格差があり過ぎる成人男性、しかも走り出したそれを回り込んで捕まえたうえで抑え込むとか、どんなフィジカルなんだ。

 

「なんでも若え頃は爺様と双璧の暴れっぷりだったらしいからな。港界隈じゃ女海賊なんて呼ばれてたらしいぜ?」


 女海賊ときたか。

 かたやロソネラの船乗り達を仕切る立場の家に生まれた男と、女海賊と呼ばれた腕っぷし自慢の女。

 そんな二人がどうやって惹かれあって結ばれたのか。

 帰ったらぜひ聞かせてもらわないといけないな。


「兄貴、敵さん方はやる気みてえだぜ?」


 そんな風にワクワクしていると、接近してきていた正体不明の船から真っ赤な何かが複数飛んでくるのが見えた。

 火魔法かな?

 威嚇や牽制の類なんだろうけど、はっきりとした敵対行為には違いない。

 次々と海に落ちていく中、いくつかはしっかりこちらに飛んできたので、海上に風の壁を設置して着弾する前に掻き消してやる。

 グランパの操る火球と比べれば、量も速度もサイズも、そして殺意もお話にならないレベルなのでこのくらいは朝飯前だ。

 

「敵を陥す。相手が混乱してる間に抜けてくれ。風魔法。ウインドアロー」


 船員の返事を待たず、暗い空に向けて緑色の風の矢を放つ。

 敵の船上空で頂点に達した矢は、落下とともに無数にばらけ、雨のように次々と海へ降り注いだ。

 緑色の矢の雨は、三艘のうち二艘の船体に致命的なダメージを与えることに成功したらしい。

 徐々に沈み始めた二艘から、残った一艘に慌ただしく人が飛び移る姿を確認することができた。


「お見事ですお館様。敢えて一艘を残して身動きを取れなくするとは。このオドルスキ、感服いたしました」


 ふっ、そう褒めるなオドルスキ。

 そんな器用なわけないじゃないか、完全に偶然です。

 適当にばら撒いた弓が二艘に固まって降り注いだだけだと思います。


「あらら。夜の海はさぞかし寒いだろうよ」


 飛び移るのに失敗して海に落ちた敵を見たメアリが気の毒そうに笑う。

 

「誰何もなくいきなり攻撃してきたにも関わらず、わざわざ一艘は残してやったんだ。感謝されることはあっても恨まれることはないはずさ。精々頑張って救助してもらおう」


 



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