第496話 デミケルの実家にて
詳しい話は後日ということにしてお暇しようとすると、ご飯を食べていけというお誘いを受けたので、お言葉に甘えることにした。
食卓に並んだ魚料理の数々を見て、お魚大好き我が家の天使の天使度が跳ね上がる。
「おばあちゃん! お魚美味しいね! ユミカ、ろそねらのお魚大好き!」
歳の割には綺麗に骨を外して食べるユミカ。
それを嬉しそうに見つめていた老婆が孫にするように頭を撫でてやっている。
「そうかいそうかい。嬉しいねえ。たくさんあるからお腹いっぱい食べな。そっちの綺麗な顔のお嬢さんも眼鏡のお兄さんもいい食べっぷりだね。やっぱり若い人はそうでなくっちゃ」
若い男子二人は僕から見ても気持ちよくなるほどの勢いで魚を食い荒らしていた。
メアリは細い体のどこにそんなに入るのかと不思議になるほどよく食べる方だし、エリクスも体作りの一環としてしっかり食べることをオドルスキとフィルミーに義務付けられているからね。
「ああ。若の身内なら俺達ロソネラの船乗りの身内も同然よ。腹が減ったなんて言わせねえぜ?」
自らも丼飯をかき込みながら豪快に笑う老人。
やっぱり歳をとってもたくさん食べられるのが元気の秘訣なんだろうか。
「ほら、ユミカ。口元汚れてるぞ。ああ、そうだエリクス。あいつの郷もロソネラだったよな? 探せば見つかるんじゃね?」
メアリがユミカの口元を拭いてやりながらエリクスに問い掛ける。
あいつとは、デミケルのことだろう。
「確かに。お祖父さんとお父さんが船乗りでお祖母さんとお母さんが魚屋だと言っていましたからね。完全にこちらと同業ですから聞いたらわかるかもしれません」
「なんだい? 船乗りと魚屋の兼業なんてまあまあの数がいるけど、名前が分かれば探してあげるよ?」
「それは助かる。最近王立学院の学生を雇うことに決めたのだが、その子がロソネラ出身でな。デミケルというのだが聞いたことはあるかな?」
老婆の言葉に甘えてデミケルの名前を告げると、それまでニコニコだった老夫婦の表情が即座に固まった。
老婆は狼狽えたように夫に視線を送り、老人は目を閉じて数回深呼吸をしたあと、それでも落ち着かなかったようで早口でまくしたてる。
「……いやいや。待て待て待て待て。若、もう一回言ってくれるかい? 誰だって?」
「デミケルだ。なんでもロソネラ公の推薦を受けて学院に在籍しているらしいんだが……。その顔を見ると、知らないわけではなさそうだな。やはりこの界隈では有名か?」
老人は僕の問いかけに答えず、前のめりになりながら質問を被せてきた。
「そいつは、そこの兄さんと同じくらいデカくて坊主頭だったりするかい?」
オドルスキよりちょっと小さいけど、それでも巨漢と呼んで差し支えないサイズではあったな。
坊主頭なのも一致してる。
「おお、やはり知っているか。よし、あとでデミケルの家を教えてくれ。ジャルティクから帰ったらご家族に挨拶しに行こう」
「いきなり行っても驚かせるだけだろ。いやまあ、実家にヘッセリンクに仕官が決まったことくらい手紙出してるかも知れねえけど」
「その心配はねえよ。うちだからな」
僕とメアリのやりとりを黙って聞いていた老人がそう呟く。
視線を移すと、老人が目を見開いてワナワナと震えていた。
「うちだ。デミケルは、俺の」
「親父ぃ。珍しくデミケルのやつが手紙なんて送ってきやがったぜ?」
老人の言葉を遮るように、こんがりと日焼けした筋肉もりもりの坊主頭の男が手紙を振りながら部屋に入ってきた。
なるほど、そっくりだな。
「っと、客かい? 魚しかねえがゆっくりしてってくれって痛えなお袋! なんだってんだ!」
肝心なところでカットインしてきた男の頭をジャンプ一番叩いてみせる老婆。
素晴らしい跳躍だ。
「馬鹿息子がごめんなさいね、レックス・ヘッセリンク伯爵様」
僕の素性を知らせるためか、わざわざフルネームで呼びかけてくれたので挨拶がわりに微笑みかけておく。
「レッ、ヘッ!?」
あまりの爽やかさに言葉を失ったようだ。
【オーライ】
流すなよ恥ずかしい。
「静かにしやがれ。するってえと、眼鏡の兄ちゃんがエリクスで、綺麗な顔の嬢ちゃんがメアリ。いや、そのなりで兄ちゃんなのか」
どうやらデミケルの手紙には我が家が内定を出したことや、ヘッセリンクに勤める人間について書かれているらしい。
「あんたがオドルスキで、お嬢ちゃんがユミカだな。なるほど。馬鹿孫が老い先短え俺を喜ばせるために嘘ついてやがるわけじゃなさそうだ」
そう言えばデミケルの面接の時にもおじいちゃんがグランパのファンだって言ってたな。
「へー、ここがデミケルの実家かよ。確かに親父さんそっくりだわ」
うん、そっくり。
デミケルが頭一つ大きいけど完全に親子だってわかる。
僕とグランパも、はたから見たらこんな風に似て見えるんだろうか。
「縁というものに恐ろしさを感じはするが、まあ、そういうことだ。デミケルは卒業後、我がヘッセリンク伯爵家で預かることになった。承知おいてくれ」
口頭で保護者の承諾を得ておこうとしたものの、デミケル祖父は感動の面持ちで打ち震えていて、僕の言葉が聞こえていないようだ。
「俺の孫が、ヘッセリンク伯爵家に仕官だと……? おい、こりゃあ夢か? ちっと頬張ってみてくれ」
そう振られた老婆が、よっしゃとばかりに豪快に夫の頬を張り飛ばす。
うむ、スナップの効いたいいビンタだ。
良ビンタだった証拠に、老人の頬には綺麗に紅葉のような手の跡が残っている。
「痛え! ちったあ手加減しやがれ! いや、いい。は、ははっ、はははっ!! デミケルのやつやりやがったぜ!! おう、全員集めろ! 飲むぞ! こんなにいい日が来るたあ長生きするもんだ!!」
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