第493話 ヘッセリンクの悪夢III(仮)
『ジャルティクに行ってきます。当面連絡がつかなくなると思いますが、心配しないでください。王様に何か聞かれるかもしれませんが、その時はバリューカに行っているとでも答えておいてください。留守はジャンジャックとハメスロットに任せています。何かあれば彼らに連絡してください。では、お土産を楽しみにしていてくださいね。 レックス・ヘッセリンク』
こんな風な手紙をそれぞれラスブラン侯、アルテミトス侯、カニルーニャ伯に送っておいた。
今回のジャルティク遠征は王様の許可をとらずに行う、ヘッセリンク伯爵家の単独行動だ。
モデルは過去にグランパが実行し、ジャルティク貴族達を恐怖のどん底に叩き落としたという『エリーナの呪い』。
少数で先方にお邪魔し、最低限の時間で最大限の成果を上げることを目標に掲げている。
ただ、どれだけタイムアタック的に挑んだとしても相応の期間行方不明になることは避けられない。
そこで、親しい何人かには行き先を教えておいたほうがいいだろうと、母方の祖父、後見人、義父の三人に絞って手紙を出すことにした。
それぞれが力を持ってるおじさま方だ。
万が一王様につつかれたとしても、のらりくらりととぼけてくれるだろう。
念のためにバリューカに行ってきますバージョンの手紙も同封しておいたしね。
手紙を出した日の夜。
家来衆全員をいまだ半壊状態の食堂に集めた。
ちなみに、デミケルはトミー君達とともに国都に帰らせている。
オーレナングにいたほうが勉強になると相当抵抗したようだけど、ハメスロットから留年したら即内定を取り消すと言われて渋々諦めたらしい。
次に会うのは卒業後だろうから、立派になった姿を見せてもらいたいものだ。
「では、今回のジャルティク旅行の供を発表する。ヘッセリンクからは、オドルスキ、メアリ、エリクス、ユミカ。以上だ」
ジャンジャックからは、オドルスキを連れて行くよう強い推薦があった。
あの暴れん坊爺やが自分が残るからぜひなんて言うから驚いたけど、なんでも、僕を除け者にして開催された飲み会でそう決めたんだとか。
僕を除け者にした飲み会でね!!
【大人げないですよ? たまには上司抜きの飲み会も必要でしょう】
くっ!
反論しづらい!
今回は奥さんが妊娠中のフィルミーもオーレナングに居残りだ。
イリナ本人は気にしないでくれと言ってくれたが、第一子が産まれるときに外国にいるなんて僕の二の舞は避けてほしい。
メンバー発表を受けて目を丸くしたのはメアリ。
いや、他の家来衆も同じような反応だ。
オドルスキとアリスを除いて。
「ユミカを? 本気かよ兄貴。なんのために」
「いや、深い意味はない。単純に故郷を見せてやろうと思ってな?」
本当にそれ以上でもそれ以下でもない。
ユミカを連れて行くことに関しては、せっかくだし一緒に行っとく? くらいのノリだ。
そんな僕の答えに舌打ちで返すメアリ。
「ちっ、本当に理由がそれだけならイカれてんだろ。って、そういや狂人様だったわこの人」
「一応今回のことは正気のうえでの判断だと言っておこうか。もちろんオドルスキとアリスの許可はとっている。あとはユミカ本人の意思次第だが……。ユミカ。お前はどうしたい?」
両親とは話し合いの場を設け、当事者であるユミカを連れて行くことについて同意を取り付けている。
流石に今回は連れて行ってもらえないだろうと思っていたようで、みんなの視線を一身に受けたユミカが恐る恐る口を開いた。
「……いいの? ユミカ、子供だから絶対あしでまといになるよ?」
「いいかい? ユミカ。子供だとか大人だとか、そんなことは聞いていない。僕が聞きたいのは、ユミカがジャルティクに行きたいかどうかだ」
【レックス様、圧が強めです。嫌われても知りませんよ? さ、スマイル!】
いけない。
メンバー発表の時ってどうしてもちゃんとした伯爵様モードになっちゃうから。
ユミカに嫌われたりしたら立ち直れない。
普段通りの笑顔を浮かべるべく、伯爵様モードから愉快なお兄様モードに切り替えを急ぐ僕を尻目に、エリクスがユミカの前に膝をつき、視線を合わせた。
「自分は、ジャルティクに行くことがユミカちゃんの目指している、立派なヘッセリンクの家来衆になるための成長に繋がると思うよ。一緒に、ふるさとを見に行こう」
「エリクス兄様……」
「まじかよエリクス。ただの旅行じゃねえんだぞ? オド兄もアリス姉さんも、本当にいいのか?」
メアリが眉間に皺を寄せ、オドルスキ夫妻に鋭い視線を向ける。
しかし、ユミカの両親はその視線に一切動揺することなく、二人揃って頷いた。
それを見て、深々とため息をつきながら首を振る弟分。
「相変わらず、この家は兄貴以外もイカれてやがるわ。仕方ねえか。おいユミカ。一緒にジャルティク行くぞ。何があっても俺が守ってやるから安心しな」
メアリの言葉に、ユミカが満面の笑みを浮かべてその細い腰に抱きついた。
「うん。うん!! ユミカも一緒にジャルティクに行きます!!」
苦笑いを浮かべながらもユミカの髪をわしゃわしゃとかき回し、抱き上げるメアリ。
いやあ、これは素晴らしい目の保養だ。
可愛い天使と美しい死神の共演をしばし楽しんだところで、再度伯爵様モードに切り替えておく。
「では、オドルスキ、メアリ、エリクス。ユミカのことを頼むぞ。セルディア侯の為人から、ジャルティクにまともな貴族の存在を期待するのは困難とみた。基本的に、全てのジャルティク貴族が敵だと思って事に当たろう」
今回の『ヘッセリンクの悪夢III』はメインキャストにユミカを加えてお送りする、初の海外公演だ。
ジャルティク貴族の諸君、開演を震えて待っていろ。
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