第492話 第二子誕生

 生まれました。

 元気な男の子です。

 いいやったああ!!! 

 フリーマの医師としての手腕もあって母子共に健康。

 おお、神よ!

 感謝いたします。

 もし出会うことがあれば、とりあえずビンタはなしにしてあげましょう。

 まだ見ぬ神にそう誓い、赤ん坊をフリーマとアデルに任せたあと、穏やかな表情でベッドに横たわるエイミーちゃんを労う。


「よく頑張ったな、エイミー。お疲れ様。まずはゆっくり休んでくれ」


 もう当分寝ていてもいいくらいだ。

 食事も僕が三食あーんしてあげたい。


【奥様は相当召し上がりますが、その全てをあーん、で? これは益荒男】


 やっぱりなしで。

 最初の一口二口くらいをあーんでお願いします。

 

「ふふっ。ありがとうございます。二人目は男の子でしたね」


「ああ。フリーマ医師から聞いた。またみんなで子供の名前を決めないといけないな。エイミーの体力が戻り次第、じっくりと話し合おうじゃないか」


 サクリの時は家来衆も入り乱れて名前の候補が無数に飛び交った結果、エイミーちゃんの案が採用されたんだった。

 今回こそは僕の案が採用されるようアイデアを練らなければと、さっそく脳内で息子の名前の選定に着手する。

 そんななか、エイミーちゃんが遠慮がちに僕の腕に触れてきた。

 

「なんだい? エイミー。何か欲しいものがあるならすぐに用意するが」


 熊でも鹿でも牛でも蟹でも鬼でも竜でも。

 森に棲む魔獣なら、望むものを今すぐ用意してみせよう。

 

「本当ですか? 私のお願い、聞いていただけますか?」


 潤んだ瞳の上目遣いでそう問いかけてくる愛妻。

 やだもう、可愛い。

 

「当たり前だろう。エイミーが望むなら、ジャルティク国王の首でも奪ってきてやろう」


 そんな明るくわかりやすいヘッセリンクジョークをお見舞いすると、エイミーちゃんは花が咲いたように顔をほころばせた。


「まあ! では、ぜひそれを」


 ジョークだと受け取られなかったらしい。

 え、まじで?

 ジャルティク国王の首が欲しいの?

 そんなものもらっても絶対持て余すと思うなあ。


「ふふっ。半分冗談です。流石にそんなものをいただいても持て余しますから」


 良かった。

 持て余すことはわかってくれていた。

 出産直後のブラックジョークは突っ込みづらいよマイプリティワイフ。


「驚かせないでくれ。早速ジャルティクに渡る算段をつけるところだったじゃないか」


 そんな軽いジョークで躱そうと試みるが、正直、ジャルティクの王様の首を奪ってこいと言われれば無理なお願いではないだろう。

 僕、メアリ、クーデルあたりの少数でカチ込めば実現の可能性は高い。

 今のところ国同士の関わりがあるのでやらないが、こちらの王様がゴーサインを出せばすぐにその算段に従って走り出すことができる。

 

「その算段はぜひつけてくださいませ。レックス様。ジャルティクに向かい、然るべき地位の方にユミカちゃんのことを諦めるようお話いただくことはできないでしょうか」


 エイミーちゃんのおねだりは、ジャルティク首脳陣との会談により、ユミカの将来の自由を確保することだった。


【会談……? レックス様が?】


 話し合い、または肉体言語による意見や利害関係の調整の場のことでしょう?

 大丈夫、なに一つ心配することはない。

 得意分野だ。


「ユミカちゃんの血がジャルティクにとって正統なものであるならば、あの国はこれからもあの子を求めてオーレナングにやってくるはずです。王城に立ち寄る使者の供に暗殺者を混ぜることを厭わないお国柄。簡単に諦めるわけがありません」


 そうだろうね。

 セルディア侯も懲りなさそうな面構えしていたし。

 なんならあの家、昔エリーナの呪いことグランパに燃やされたらしいじゃないか。

 そこから復興して、かつ国外遠征を任される程度には重要なポジションを任されている。

 普通ならそのまま勢力を削がれそうなものだけど、異常なほどの権力欲が没落を許さなかったのかもしれない。


「であれば、私はヘッセリンク伯爵夫人としても、あの子の姉代わりとしても、深く釘を刺しておく必要があると思っています」


 釘を刺す、が比喩であるのか、それとも。

 まあ、どちらでもいい。

 偶然だけどジャルティク遠征は僕の中でも確定事項だから。


「その考えについては僕も家来衆達も賛成だ。ユミカを守るために動かない理由がない。今日まで動かなかった理由は、ひとえにエイミーとの約束を守るためだからな」


 僕の言葉にきょとんとした表情を浮かべて小首を傾げるエイミーちゃん。

 本当に覚えていないようだ。


「おやおや、忘れてしまったか? 子供が産まれるまではオーレナングから一歩たりとも出ないと約束しただろう?」


「あの約束、本気でいらしたのですね。確かに、あの日以来レックス様はずっとオーレナングですごしていらっしゃいましたが」


 そうだろう?

 第二子の誕生だけは絶対見逃すものかと、半分意地だけでオーレナングに居座り続けた結果だ。

 ただ、その縛りが今日を以て綺麗さっぱりなくなった。

 

「約束を守ることができてホッとしているよ。また外国との諍いで出産に立ち会えないなんてことになったら、エイミーに嫌われてしまうんじゃないかとビクビクしていたんだ」


 そんなのはいやだ。

 そう、エイミーちゃんに嫌われたくない一心でオーレナングに張り付いていたわけさ。


「嫌ったりしません。私は二児の母となった今でも変わらず、レックス様のことを愛しております」


 唐突すぎる熱烈なラブコールに、若干頬が赤くなる。

 これはやり返さないといけないな。

 夫としてペースは握っておかなきゃ。


「僕は少し違うな。僕は出会った頃に増して、エイミーのことを愛しているぞ?」


 妻への愛は、毎日最高記録を更新中です。

 留まることを知らないとはまさにこのことだ。


「ずるい! 私も、私もです!」


 はいはい! と手を上げるエイミーちゃんを見て思わず頬が緩む。

 やはり僕の愛妻が総合的にみて世界一可愛いな。

 間違いない。

 

「はっはっは! わかっているよ。疑ったりしないさ。だから見ていなさい。近いうちに僕は家来衆を連れてジャルティクに向かう。きっと、ユミカにとって一番いい結果になるよう話をつけてくる」

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