おまけ 深夜の男子会 ※主人公除外←
「では、我らが天使ユミカさんを狙う外敵を無事排除できたことを祝し、乾杯!」
ジャンジャックさんが、酒精の匂いしかしない透明な液体で満たされた杯を掲げて声を上げました。
全員が歓声を上げつつ、それぞれの杯に注がれた飲み物を一気に飲み干します。
ここは屋敷にあるジャンジャックさんの私室。
あまり来たことはありませんが、相変わらず机にベッドにタンス、あとは剣に鎧と必要最低限のものしか置いてありません。
一言で言えば生活感のない部屋です。
そんな部屋の床に伯爵様とザロッタ君を除くヘッセリンク伯爵家の男性陣が座り込み、美味しそうにお酒を飲んでいます。
デミケル君だけはマハダビキアさんお手製の果実水ですね。
「いやあ、一時はどうなるかと思ったけどさ。上手く収まってよかったよな」
やや頬を赤く染めたメアリさんが優しく笑います。
意外なことに、あまりお酒に強くないんですよね。
一緒に飲んでも一、二杯で顔が赤くなって五杯も飲めば寝てしまう。
そんな寝顔を肴に飲み続けるクーデルさんに付き合うこともしばしばです。
「ジャンジャック様とオドルスキ殿の殴り合いなど、もう二度と起きてほしくないですね。伯爵様以外には止められない内輪揉めですから。ぜひお二人には反省していただきたい」
かたやヘッセリンク随一の大酒豪であるフィルミーさんが苦笑いしつつお二人に反省を促します。
ジャンジャックさん対オドルスキさんなんて、内輪揉めの範疇を大きく超えてますからね。
いや、今回はジャンジャックさんの圧勝に終わったみたいですが、オドルスキさんが本調子なら周囲に大変な被害が出ていた可能性は否定できません。
「フィルミー、言ってくれるな。私とて反省しているのだ。まさかジャンジャック様直々にご指導いただくとは」
「貴方を指導できるのは私だけですからね。しかし、若干手荒になったことはここで謝っておきましょう。このとおりです」
「ジャンジャック様! おやめください。元はと言えば私の未熟さが招いたこと。あの一件については全てこのオドルスキに責任があるのです」
何日も立ち上がれない怪我を負わせ、負わされながらも、指導だと言い切るジャンジャックさんとオドルスキさん。
これが武人の頂点に手を掛けることのできる男達の精神性なのでしょう。
「なあエリクス。若干って言葉の意味、教えてくれよ」
「ほんの少し、ですね。ああ、ヘッセリンク基準のほうですか? そちらは自分もまだ理解し切れてませんので回答しかねます」
どうも一般的な言葉の意味とヘッセリンクで利用されるそれには乖離があるようで、その匙加減の完全な理解には至っていません。
「しかし、西の次は南とは。若様の代になった途端、国外との諍いが続くもんだね」
マハダビキアさんの仰るとおり。
自分が仕官したあとに、北を除く三方と矛を交えているのです。
いずれも完勝と言っていい戦果ですが、それでもこれだけ立て続けだと不安にもなります。
「そのどれもがこっちから仕掛けたもんじゃねえってのがなあ。伯爵様は世間で言われているよりもだいぶ穏やかな方だってのに」
ビーダーさんが憤ったように杯を干します。
狂人レックス・ヘッセリンクが実は穏やかだということは事実でしかありません。
しかし、一般的には信じてもらえないかもしれませんね。
「先々代様との因縁もあるようですし、なによりユミカちゃんのことがあります。ジャルティクには申し訳ありませんが、当面立ち上がれない程度の傷を負ってもらってでも大人しくしていてほしいですね」
「ほう、言うようになりましたねエリクスさん。聞きましたよ? しつこくユミカさんを狙うようなら生かして帰さないと脅し上げたそうですね?」
脅し上げた?
自分がですか?
まさか、一体どこでそんな風に話が捻れたのでしょうか。
戸惑いを隠せない自分を見て、ジャンジャックさんが楽しそうに笑いながら杯を干します。
「おかしいですね。だいぶ意訳されているようなんですが」
「そのあとは先々代様よろしく、相手が口を開くたびに燃え盛る炎を投げつけたと聞きましたが違いましたか?」
どこの危険人物ですか自分は!!
「自分がそんなことをするけないでしょう!? メアリさんとオドルスキさんが証人ですから!」
メアリさんに助けを求めるよう視線を向けると、顔を真っ赤にした美しい死神がニヤニヤ笑っています。
あ、これはだめだ。
「まあ、尾鰭のつき方はすげえけど、概ね間違ってねえわな」
「メアリさん。概ねの意味はわかってますか? もちろん世間一般の方の」
「あ? ヘッセリンクにどっぷり浸かっちゃってる俺が世間一般の言葉の意味なんて知るわけねえだろ。いやあ、森で魔獣にやられるかこの場で自分にやられるか選べ! なんつって啖呵切るエリクスを爺さん達に見せたかったわ」
惜しい!
それに近いことは言いましたが自分にやられるか選べなんて言ってませんから!
「すげえ……。あのエリクス先輩が嬢ちゃんのために他国の貴族に啖呵を? 男気の塊じゃねえか……」
「いやいやデミケル君。信じちゃいけない。どう考えても自分はそんな啖呵を切れる人間じゃないでしょう?」
なんだか憧れの目で見てくる後輩の目を覚まさせるよう肩に手を置いて揺さぶってあげていると、常識人からの脱却を図りつつある兄貴分ことフィルミーさんが近づいてきて、真面目な顔で自分の肩を軽く叩きました。
「それでもお前がユミカちゃんを守るために怒ったのは本当だろう? それを成長というんだ」
「フィルミーさん……」
あ、だめです。
優しさが沁みて泣きそう。
そんな涙を堪える自分を見た親友は床に転がりながらお腹を抱えてひとしきり笑うと、涙を拭いながら起き上がりました。
「ま、エリクスの成長はおいといて。ユミカが無事初陣を飾ったらしいし? そっちもお祝いしなきゃな。剣はエスパールのおっさんがとんでもねえもん贈ってきてたから靴でも買ってやるかなあ。エリクス。クーデルと三人で金出していいやつ買わね?」
靴ですか。
確かにいいかもしれませんね。
丈夫なのはもちろん、走りやすいようにできるだけ軽い靴を。
三人でお金を出せばかなり上等なものを贈ることができるはずです。
「ではそちらも被らないよう各々で擦り合わせをしましょう。まあ、贈るのはジャルティクから帰ってからになるのでしょうが、ね」
ジャンジャックさんの言葉に全員が姿勢を正し、オドルスキさんが代表して口を開きました。
「ジャンジャック様。やはり、そうなりますでしょうか」
「十中八九。暗殺者諸君に向けて、レックス様がはっきりとジャルティクに送ってやると仰いました」
送り返す、ではなく送るということはつまり、自らジャルティクに乗り込むという意思表示です。
これはもう、南方への遠征は避けられませんか。
「じゃあ、近々発表があるかな? 二人目ももうすぐ生まれるだろうし、それを見届けたらちょうどいいわな。ユミカの親の顔も拝んでみてえし、俺は行くぜ? 爺さんは?」
もうだいぶ眠たそうなメアリさんが前後に揺れながらそう聞くと、ジャンジャックさんはオドルスキさんを正面から見据えて言いました。
「ユミカさんが絡んでいるのですからオドルスキさん、貴方は必ずジャルティクに向かいなさい。その代わり私が居残り組としてオーレナングを守りましょう」
「ジャンジャック様……。感謝いたします」
「いいんですよ。では、堅い話はこのくらいで。ユミカさんの明るい未来に、改めて乾杯といきましょうか」
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