第491話 引き渡し

 グランパの指示に従ってジャルティク様御一行を地下に放り込むと、一時的に地下への立ち入りを禁止すると通達があった。

 特に用はないので困りはしないけど、何をしているのか気にはなるもので。

 皆さんの食事運搬係に指名されたメアリとクーデルに地下の様子を聞いたところ、二人が綺麗に同じ言葉を口にした。

 曰く、『地獄』と。

 炎熱地獄かな?

 なんにしても楽しいレクリエーションが開催されているなんてことはなかったようだ。


 そんななか、ようやく王城からのお迎えが到着した。

 やってきたのは王城のヘッセリンク担当文官トミー君。

 とりあえず今回の主犯でありながら外国からの賓客でもあるセルディア侯を引き渡す。

 すると、セルディア侯を見たトミー君が訝しげな表情を浮かべた。


「なにかな?」


「いえ、国都でお見かけしたセルディア侯爵様の髪色は豪奢な金だったように記憶しているのですが」


 セルディア侯の髪色が金色?

 おやおや、それはおかしいな。


「だとすれば記憶違いでは? 見たとおり、セルディア侯の髪色は白一色ですよ」


 セルディア侯の今現在の髪色は雪のような純白。

 つまり白髪ですね。

 もちろん元の髪色はトミー君が指摘したとおり金髪だった。

 少なくとも僕が彼を地下に案内したときまでは間違いなく金色だったはずだ。

 だが、短くない地下生活を終えて地上に戻ってきた時には今のように髪の色が抜け落ちてしまっていた。

 おそらく、不自由な地下生活のストレスに起因したものだと推測される。


【ストレスの原因は明らかにプラティ様の怒りだと思われますが】


 何があったかセルディア侯に聞いても頑なに口を割ろうとしないから原因は不明。

 そういうことで一つよろしく。


「国都を発たれてから今日までの間に何があったというのでしょうか」


「何があったかと言われれば、セルディア侯の供回りには大勢の暗殺者が混ざっており、我が家の家来衆を攫おうと襲いかかってきたためこれらを撃退。誘拐の首謀者であるセルディア侯におかれては自由を与えるわけにもいかず、やむなく軟禁のような形をとらせていただき今日に至る」


 嘘は言っていない。

 やむなく地下に軟禁していたのも事実だ。

 実質監禁?

 いやいや、皆さんには温泉に入ってもいいよと伝えてたくらいだから。

 ちなみに、ピエロさんだけは本当に毎日温泉に入っていたと聞いてそのメンタルに興味が湧いたのは内緒だ。


「我が家来衆にはセルディア侯ならびに供回りへの報復などは一切禁じており、皆それを守っていたことを伝えておこう。食事も日に三度、十分な量を与えている。寝床だけは不自由してもらったが、まさかベッドを貸すわけにはいかないからな。そのくらいは許されるだろう」


 トミー君は僕の説明に軽く頷くと、硬い表情のまま周りをキョロキョロと見回した。


「伯爵様、肝心の暗殺者とやらはどこに?」


「相手は暗殺者。我々はヘッセリンク。つまりそういうことだ。それでも聞きたいならそちらも詳しく説明する準備があるが」


「いえ、結構です。そこまで察しが悪いつもりはありません」


「流石はトミー殿。その賢さをいつまでも持ち続けていただきたいものだな。そうすれば必ずいい関係を続けられる」


 相手は暗殺者、我々はヘッセリンク。

 レプミア国民の大半がこの文章を聞いて想像するのは、暗殺者の皆さんはもうこの世にいないということだろう。

 だが、もちろんそんなことはない。

 みんな揃って地下に逗留してもらっている。

 

『相手は暗殺者だけどなんだか使えそうな人達だからまだ生かしてるよ。大丈夫、我々はヘッセリンクだから。上手く活用してみせるので心配しないでね』


 略して、『相手は暗殺者、我々はヘッセリンク』です。

 トミー君は察してくれたらしいので説明は割愛しよう。

 いやあ、話が早くて助かる。


「ああ、そうだ。宰相殿にもよろしく伝えておいてほしい。家来衆の身内であるはずの集団が暗殺者の集団だった件については、後日直接話をしに行くと」


「……承知いたしました」


 僕の言葉にトミー君が緊張の面持ちで頷いたが、それを隣で見ていたハメスロットが深々とため息をついた。

 

「伯爵様。トミー殿に悪戯を仕掛けるのはおやめください。申し訳ありませんなトミー殿。今のは伯爵様なりの冗談です」


「冗談、ですか」


 後日話に行くっていうのは僕なりのブラックジョークだったんだけど、不発だったらしい。

 慣れないことはするものじゃないね。

 やはりユーモアは明るくてわかりやすいのが一番だな。


「いかに私が変わり者でも、供回りに潜んだ暗殺者を見抜けなかったことを責めるような真似はしないさ。常識的に考えてそんなことは無理だろう」


 僕がそう言うと、トミー君の顔に今日初めて笑顔が浮かんだ。

 

「仰るとおりです。ご理解いただけて大変ありがたく」


「ただ。実際に暗殺者が我が屋敷で暴れ、大変な損害が出たのもまた事実だ。あとで確認していただくが、修繕には相応の金が必要になるだろう」


 暴れて壊したのがこちらの身内だとしても原因はあちらにあるからね。

 

「王城として、どれだけの支援が可能か。戻り次第検討を行い回答させていただきます」


「支援すると確約しないところがまた賢いな。今はそれでいい。少しでも多くの支援を取り付けてくれることを期待する」


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