第490話 ようこそオーレナングへ

 暗殺者の皆さんも含めてジャルティクからのお客様が落ち着いたのを見計らって、事の顛末を報告するため地下に向かう。

 この日出迎えてくれたのはパパンだったが、その傍らにもう一人見慣れない人影があった。


「父上。失礼ですがそちらは何代目のご先祖でしょうか」


 だいたいのご先祖様は顔を覚えたはずなのに、こんな風に顔を白塗りしたピエロみたいな当主は初見だ。

 

「さあな。少し前に急に姿を現したのだ。本人はジャルティクから来た道化師だと言っているが、定かではない」


 ジャルティクから?

 ああ、なるほど。

 

「おや? おやおや? ヘッセリンク伯爵様じゃないですか! おお、メイドさんも! ということはここはレプミア、そしてオーレナングで間違いないんだね?」


 出迎えの際に少ししか見てないはずの僕に気付いたらしいピエロさんがダッシュで近づいてきたところを、護衛のクーデルが前に出て牽制する。

  

「クーデル。お前が言っていた敵は、これか?」


 珍しく硬い表情のクーデルが浅く頷いた。


「ええ、間違いありません。名前はガブリエというらしいですが、相当の手練です」


 クーデルが勝ちきれなかったどころか、サクリの乱入がなかったら負けてたかもしれないレベルらしい。

 

「あらあら? 私の名前ばれちゃってる? ということはみんな負けちゃったのかあ」


 ケラケラと笑うピエロ。

 その表情や声に負の気配はまったく含まれていない。


「あまり残念そうではないな」


「あははっ、勝ち負けは確定事項だからね。悔やんだってひっくり返らないでしょう? そんなことより信じられるかい? さっきまで綺麗なメイドさんと殺し合ってたのに、いきなり真っ暗闇に囚われて、次の瞬間にはどこかもわからない薄暗い場所だよ? 同僚からは壊れ気味だと定評のある私でも、頭おかしくなるかと思った!」


 勝ち負けをそんなこと扱いして、ここに飛ばされたカラクリがわからないと興奮気味に語るところが壊れ気味という定評の正しさを裏付けてるな。

 

「父上。子竜ピーが次元竜としての力を振るったことは間違いないようです。エイミーとクーデルが確認しています」


「なるほど。まだ幼体だからな。力を使ったとて、短い時間と場所を移動させるのが精一杯だったか?」


「おそらくは。飛ばされた場所がここだったことは不幸中の幸いというやつですね」


 過去や未来、現代でも他の場所に飛ばされたんじゃなくてよかった。

 見た目も話し方も緩めだけど暗殺者は暗殺者だ。

 しかも飛ばした張本人は娘のサクリ。

 こんなのが僕の知らないところで暴れたら申し訳ないからね。

 

「レプミアやヘッセリンクにとっては幸いだが、この白塗りにとっては不幸中の不幸だろう。なにせ、ここにはジャルティクを毛嫌いしてやまない老人がいるからな」


 その老人に思い当たるのは一人しかいない。

 グランパだ。


「お祖母様の件がありますからね。そうするとまいりましたね。上で捕えてあるジャルティクの暗殺者をここに押し込めておこうと思ったのですが」


「森の向こうの賊を捕らえた時もそうだったが、ここは地下牢ではないぞ?」


 呆れたように言うパパンだけど、仕方ない。

 この地下は、各時代を席巻したレプミア一の強者達が看守を務める、世界で最も脱獄困難な牢獄だから。

 

「まあ、お祖父様を刺激するのは避けたいので、全員まとめて王城に押し付けることにします」


 早速帰って王城のヘッセリンク担当トミー君に追加の手紙でも送るか。

 

「その必要はありませんよ、レックス」


 おっと、ジャルティクを毛嫌いしてやまない老人の登場です。

 普段どおり穏やかそうな笑みを浮かべているけど、身内である僕にはわかる。

 今のグランパはちょっと刺激したら即燃え上がる状態だ。


「ええ……? なんかまたヤバそうなおじ様がいらっしゃったんですけどお。その槍のおじ様の威圧だけでも膝ガックガクなのにこれ以上は流石の私も無理だよ?」


 急に現れたピエロに対して遠慮なく威圧を叩きつけただろうパパンと、明らかに優しくない雰囲気のグランパ。

 この二人を前に膝が震えるくらいで済んでるなら、それはもう賞賛に値するんじゃないだろうか。

 ジャルティク嫌いの炎狂いさんが、怯えるピエロにニッコリと微笑みかける。


「いらっしゃい。遠いところをようこそ、ジャルティクの友よ。私はプラティ•ヘッセリンク。そこにいるレックス•ヘッセリンクの祖父です」


 やだ怖い。

 色々巻き込まれないようお暇する隙を探っていると、グランパがピエロから視線を外さずに言う。


「レックス。とりあえず捕まえた賊を全員連れてきなさい。私がまとめて面倒を見てあげます」


 それを望んでいたのに素直に喜べないのは、グランパの笑みが明らかに嗜虐的なそれだからだろう。

 なんとかならないかとパパンを見ると、諦めろとばかりに肩をすくめている。


「全員というと、主犯の貴族も含めてでしょうか。はあ……。セルディア侯も可哀想に。せっかく無傷で済んだのにお祖父様に目を付けられるとは」


 ユミカを攫おうとしたこと自体は許すつもりもないし、ぜひ何かしら重めのペナルティを負ってほしい。 

 ただ、そのペナルティを執行するのがグランパだとなると……。

 セルディア侯の未来がどうか少しでも明るいものでありますように。


「セルディア? 聞き覚えがありますね。……ああ、はいはい、思い出しました。ジャルティクの西方にある下品な屋敷に住んでいた貴族ですね」


 グランパがポンッと手を打つと、ピエロが頭の上で大きく丸を作った。

 さっきまで震えてたのに元気だなおい。


「へえ、詳しいんだね。正解正解大正解! 流石は大国レプミアの大貴族様。ジャルティクなんて小国の貴族まで頭に入ってるなんてさっすがあ」


 ピエロから送られた賛辞に対して、大したことじゃないと言うようにひらひらと手を振るグランパ。


「いやいや。腹いせで屋敷を燃やして当主を殴り倒したことがあるので覚えていただけです。褒められるようなことではありません」


「はい?」


「『エリーナの呪い』を知っていますか? どうも、呪いの正体です。改めて、オーレナングへようこそ、親愛なるジャルティク人よ」

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