第489話 黒い伯爵
各所で行われたジャルティクとの戦闘が終了した。
主戦場となった僕達応接室組はもちろん、他の戦場でも無事勝利を収めることができたようだ。
エイミーちゃんとサクリの守りを任せたクーデルだけがやや複雑そうな顔をしているけど、怪我があるとかそういうことではないらしいのであとで詳しい話を聞かせてもらうことにする。
「人的被害がないことは喜ばしいが、屋敷の傷みがひどいな。台所は半壊手前、二階の部屋は窓が破られて絨毯もずたぼろか。まったく。手加減無用とは言ったが、困ったものだ」
今回最も激しい戦闘が行われたらしい食堂は、それはもう酷い有様だった。
食器は割れ、床は踏み抜かれ、壁に穴が開いて厨房までの風通しが良くなっている。
このほとんどがジャンジャックとステムの手によるものらしい。
犯人二人に目を向けると、ステムはさっと目を逸らし、ジャンジャックは何も後ろ暗いことはないとでも言うようにニッコニコの笑顔を返してくる。
まったく、暴れん坊なんだから。
「自分も応接のテーブル叩き割ったくせによく言うぜ。あれ、かなりいいやつだろ?」
言うんじゃないよ兄弟。
いや、勢いだけで殴り合おうぜとは言ったものの、よく考えたら僕召喚士だったなって。
でも、殴り合おうぜって言った手前、お前と殴り合うのは召喚獣だけどな! とは言いづらいし、とりあえずマジュラスの瘴気だけレンタルさせてもらったわけ。
そしたらさ、ははっ!
身体中を黒いオーラが包み込んで、座ってたソファはお尻のとこから朽ちていくわ、床は靴底の触れたとこから溶けていくわでもう大変さ。
やばいと思ってテーブルに手をついたら、その部分から綺麗に真っ二つですよ。
そりゃあセルディア侯もギブアップするよね。
「形あるものはいつか壊れるものさ。ちょうどいい機会だ。せっかく壊れたのなら盛大に修繕といこうじゃないか」
僕も家来衆も屋敷を壊した罪は等分。
誰か一人を責めるなんて間違ってると思います。
罪から逃れるための修繕指示に、ハメスロットが淡々と応じる。
「御意。昔からヘッセリンクは金を使わなさ過ぎると評判でしたからな。たまには散財して国内の金の流れを刺激するのも悪くはないでしょう」
うん、オーレナングの屋敷の大規模改修なんて、結構お金がかかるはずだ。
派手に経済を回そうじゃないか。
「ではすぐに職人を手配いたします。他の部屋はともかく、厨房と食堂は最優先で修繕しなければマズイと思いますので」
「ああ、頼む。マハダビキア、ビーダー。厨房はお前達の城だ。納得のいく形に仕上げてくれ」
「さっすが若様! 太っ腹! よし、おっちゃん。妥協せず王宮並の厨房目指しちゃおうぜ!」
そこまでする必要ないと思うんだけど、予算内に収まるならまあいいか。
設備レベルを上げたらただでさえ凄腕のマハダビキアが神がかってしまうかもしれない。
これは楽しみだ。
「よくもまあ、俺達を適当に転がしたまま和やかに話ができるもんだ。呆れちまうぜ」
その声は僕達の足元から聞こえた。
声の正体はもちろんジャルティクからのお客様だ。
セルディア侯だけは失礼がないよう別室で縛ってベッドに転がしているが、その他の皆さんは全員食堂に集まってもらっている。
もちろん拘束済みで。
「悪いな。人に呆れられるのには慣れているんだ。ご希望なら先にそちらと話をするか?」
「話しったってなあ。この状態から何か前向きなことが起きる気がしねえんだが。ああそうだ。俺達の雇い主様がどうなったか聞いてもいいかい?」
白髪の男が、縛られたまま慌てた様子もなく問いかけてくる。
肝太いね。
ジャルティクにも素敵な人材がいるみたいだ。
「雇い主というのがセルディア侯のことなら、ちゃんと生きているぞ。護衛の皆さんには多少痛い思いをしてもらったが、本人は無傷だ」
殴り合う前にごめんなさいしたから仕方ないね。
「そうかい。わざわざ他所の国に俺たちみたいなのを連れて来たんだ。消されたって文句は言えねえのに護衛の怪我だけで済んでるなら御の字だろ」
消したりしないよ?
外国の貴族なんて面倒なだけだから、国都から人を呼んで連れて行ってもらう予定だ。
処分は丸投げ。
それと、こんなにたくさんの暗殺者を連れた御一行をオーレナングに送ってきた責任も王城側には被ってもらおう。
リフォーム代の手出しはぐっと減るかもしれない。
「まあ、もしかしたらこれから死んだ方がマシな目に遭うかもしれないが、それもまたセルディア侯の運命というものだ」
「……そうだよな。そりゃそうだ。子分がヤベェんだから親玉も当然ヤベェに決まってるわ」
「褒めても何も出ないぞ? 諸君らには当面薄暗い地下の穴蔵で生活してもらうことになる。不自由をかけるが、食事は保証するので大人しくしていてもらえると助かる」
三食のどこかに絶対濃緑色の草を食べてもらいますがね?
そのくらいの嫌がらせは許されるだろう。
「大人しくしねえ場合は?」
「聞かないとわからないほど子供ではないだろう? 一時的に溜飲を下げているだけで、私にとって貴様らはただの人攫いだ。今すぐ処分しないのは陛下の沙汰を待つ都合でしかない。勘違いして調子に乗っているようだと、少し困ってしまうな」
ゆっくりと男に近づき、右手で首を掴んでやる。
決して力は入れない。
ただし、肩のあたりからゆっくりと亡霊王由来の瘴気を纏わせ、徐々に彼の首を掴んだ手に向かって漆黒を這わせていく。
そして、もう少しで手首まで漆黒に染まろうとした瞬間、視線を合わせて微笑んでやると男が息を呑んだ。
「……わかった。いや、わかりました。調子に乗り、大変申し訳、ございませんでした」
「素直でよろしい。家来衆にも無駄にお前達をいたぶるような真似をしないよう徹底しておく。大人しくしていてくれれば、近いうちにジャルティクまで送ってやる」
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