第484話 怪物の雛 ※主人公視点外

 レックス様の読みが的中し、ジャルティク貴族の供回りに擬態していたらしい暗殺者風の男達が私の守る部屋に踏み込んできました。

 ふむ、四人ですか。

 わざわざここまでやってきたのはユミカさんを連れ去るためだというのに、その目標の確保にあたるには少ない。

 人手不足なのか、暗殺者にありがちな過剰な自信に起因したものなのか。

 そんなことを考えていると、四人のうちの一人がユミカさんに駆け寄ろうと床を蹴りました。

 ユミカさんは私にとって目に入れても痛くない可愛い孫娘のような存在。

 はいどうぞと渡すつもりなどありません。 

 賊が私の横を通り過ぎようとしたところで、様子見も兼ねて軽い牽制のつもりで蹴りを放ちました。

 

「ぐうぇっ」


 言い訳をするつもりはありませんが、本当に軽い牽制のつもりだったのです。

 しかし、暗殺者は汚い悲鳴をあげながら弾け飛んで壁に激突し、そのまま崩れ落ちてしまいました。

 おかしいですね、脅威度Dの魔獣を蹴り殺せるかどうか程度に手加減したつもりだったのですが。

 

「お爺様すごい!!」


 先日やり過ぎを叱られたばかりの身のため、ここで失敗を重ねてはレックス様に顔向けできないなどというらしくない考えが浮かびましたが、ユミカさんの賞賛を受けてしまってはついつい頬が緩むというものです。


「はっはっは! まだまだこんなものではありませんよユミカさん。貴女に実戦を経験してもらうにはまだ早いと思っていましたが、いい機会です。私がお手本を見せるので、動きをしっかり覚えておきなさい」


 俗に言う見取り稽古というやつです。

 私はあまり好きではないのですが、向上心のある初心者には一定の効果が見込めるでしょう。

 では、ユミカさんの長い人生のなかで手本の一つとなるよう、丁寧に壊すとしましょうか。


「はい! やったあ、お爺様のおーさつ見てみたかったんだあ。楽しみだね、お義母様!!」


 ユミカさんの可愛い反応とは反対に、母であるアリスさんの顔は強張り、ぎゅっと強く娘を抱きしめました。

 ユミカさんが私の孫ならアリスさんは私の娘のようなもの。

 父としては娘の不安を取り除いて差し上げなければいけませんね。


「アリスさんに問題です。貴女達親子の守りは誰でしょう?」


 弟子であるフィルミーさんを参考に、可能な限り爽やかさを意識して微笑みつつ問いかけると、緊張感を残しながらもアリスさんがこう答えます。


「鏖殺将軍、ジャンジャック、です」


 正解です、よくできました。


「ならば一切心配無用。この世に私の守りを破れる人間がいるとすれば、それはただヘッセリンクのみ。たとえ貴女の愛する旦那様でも、私の本気の守りを崩すことはできません」


 つい最近もオドルスキさんと試合ったばかりですが、彼もヘッセリンクにやってきた頃とは比べ物にならないほど強くなりました。

 もし今のオドルスキさんがブルヘージュを率いていたなら、多少厄介なことになっていたかもしれません。

 

「カッコいい! いいなあ、ユミカも早く大人になってお義母様を守ってあげられるくらい強くなりたい」


「きっとなれますよ。ユミカさんの師匠方は、みんな優秀ですから。しっかりとした目標をもち、そこに向かう努力を怠らなければ、ね」


「うん、頑張る。ユミカはヘッセリンク伯爵家の家来衆だもん。強くなるよ! 見ててねお義母様」


 本人にも伝えていますが、ユミカさんの素の身体能力と魔力に飛び抜けたものはなく、はっきり言ってしまえば凡才としか言いようがありませんでした。

 しかし、ユミカさんの修行に携わった家来衆全員がすぐに思い知ることになったのです。

 剣を振れと言われれば腕が上がらなくなるまで振り、走れと言われれば倒れるまで走り、魔力を練れと言われれば止められるまでいつまでも練り続ける。

 本格的な修行が始まってからというもの、ヘッセリンクの家来衆だからとうわ言のように繰り返しながら命を燃やすその姿は天使などではなく、さながら小さな鬼。

 そんな純粋なまでの素直さと愚直さを目の当たりにし、私を含む大人達はとんでもない怪物の雛を育てている可能性に思い至り、揃って恐怖を覚えました。

 

「よい覚悟です。幸い今日の相手ははっきりと敵だとわかっていますので、対人における私の技術をお見せします。決して目を逸らさないように」


 背中で語るなどというのはあまり流行りませんが、私が持つ経験をしっかりと目に焼き付けてもらいましょう。

 

「ジャンジャックさん、あの」


「どうしましたアリスさん。ああ、母親としてはあまり酷い光景を見せたくはありませんか。これは私としたことが配慮に欠けましたな」


 いけないいけない。

 敵とはいえ人を壊す場面など、娘に見せたい母親などいるわけがない。

 このあたりは本当に注意しないといけませんね。

 胸中で反省した私ですが、アリスさんは先ほどまでの緊張を残しながらも、まっすぐな瞳でこう告げました。


「ユミカちゃんは私の可愛い、大切な娘です。この方々がやって来たということはつまり、ジャルティクはユミカちゃんを連れ帰ろうとしているということですよね? ならば、この子を奪おうなどと二度と思わないよう、徹底的な仕置きを、お願いします」


 若者の成長に、感動で震えが止まりません。

 今日という日はきっと、私の人生でも十指に入る素晴らしい日になるでしょう。

 

「……素晴らしい。これだからヘッセリンクはやめられない。いいでしょう、元よりそのつもりです。これは秘密ですが、敵の記憶に恐怖を刻み込むのは、人よりほんの少しだけ得意なんです」


 そんな同僚との素晴らしいやり取りの最中だというのに、無粋な輩がドスドスと聞くにたえない足音を響かせながら襲いかかってきました。

 先鋒を任された賊とは違い、その手に握られた黒塗りの刃がはっきりと殺意を表しています。

 が、なにもかもが遅い。

 突き出された刃を避けてその手首を取り、いけない角度までひと息に捻ってやるとあら不思議。

 悲鳴と共に膝をつき、刃物を取り落としてしまいました。

 

「おやおや、暗殺者にも拘らず足音も声もうるさいですね。そんなことだから奇襲に失敗するんですよ? 不合格」


 失格の烙印を押してやると、痛みに膝をついたままこちらを憎々しげな目で睨みつけてきたので、顎の先端をつま先でほんの軽く撫でてあげます。

 それだけのことで簡単に動かなくなった賊を見て、驚きで目を丸くするユミカさん。


「今のように顎の先を綺麗に打ち抜くことができればこのとおり。簡単に制圧することができます」


「すごいね! 全然えいっ! てしてなくて、ちょんっ、て感じだったのに! まるで魔法みたい!」


「ふっふっふ。純粋な賞賛というのは気分がいい。さ、残りのお二人もかかってきなさい」


 レックス様がそれをお望みではないので、積極的に殺しはしません。

 まあ、事故が起きたらその時はその時ですが。

 しかし、私の誘いを受けても動こうとしない賊共。

 増援を待っているような風でもなく、かといって切り札があるようにも見えません。


「まさか、この期に及んで恐怖しているなどとは言わないでしょうね? これはいけない。貴方達はユミカさんの成長を促すための教材なのですから、持っている手札を全て晒していただかなければ」


 外国の暗殺者の技術を知る機会など滅多にないのですからぜひユミカさんに見せておきたい。

 先方が動かないのなら仕方ありません。

 こちらから動くとしましょう。


「ユミカさん、剣を抜いておきなさい。私は前に出ます。万が一ここに倒れている男達が動きだしたなら、アリスさんを守るのは貴女です。できますね?」


「はい! お爺様!」


 よろしい。

 では、まいりましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る