第481話 暗殺者だとう!?
メアリに刃物で、エリクスに言葉で脅し上げられて顔色が青を通り越して白くなっているセルディア侯。
「お前達、行儀良くしないか。せっかく遠路はるばるいらっしゃったお客様に恥をかかせるものじゃない。すまないなセルディア侯。うちの若い衆が失礼した」
僕が浅く頭を下げると、先方はこちらを指差して口をパクパクさせている。
どうやら全く心がこもっていないことがバレたらしい。
よし、軽く煽ってみるか。
「しかし、存外繊細なのだな。あの程度の脅しを真に受けて顔色を変えるとは。それでよく我が家の家来衆を連れ去ろうなどと考えたものだ」
挨拶代わりの軽いジャブに一瞬呆けたような顔を見せたかと思うと、白かった顔に急激に赤みが差し、今度は赤を通り越してどす黒く変色していく。
「あの程度の脅しだと!? 刃物を突きつけられ、生きては返さぬと威圧されたのだぞ!? 家来衆にどんな教育をしているのだ!!」
煽り耐性低すぎない?
子供でも思いつくような台詞しか吐いてないのにフルテンションでキレてるんだけど。
よくこの人を国外に派遣する気になったな。
派遣の主体が国なのか派閥なのか知らないけど、人材不足なのかなジャルティク。
「どんな教育をと言われても困ってしまうな。強いて言えば、自主性に任せて個々の個性を伸ばすよう心掛けているが」
あれをしなさいこれをしなさいとこちらから指示をするのではなく、自分で考えてのびのびと行動することで学んでもらっています。
「それは、一般的に放任と言うのではないでしょうか」
僕の教育方針を端的に表してくれたエリクスに感謝を。
「そうとも言うな。幸い、若手から中堅、古参まで優秀な人間が揃っているからわざわざ私がなにか指導する必要はないんだ」
うちの家来衆は床でのびてるおたくの護衛さんとは質が違ってよ?
そうお伝えすると、歯茎全開で反論を展開してくる。
「家来衆の躾は貴族としての責務だ! それを放棄しておいていけしゃあしゃあと」
ふむ、歯並びまで完璧だなキルマーノさん。
【集中してください】
こんなに男前なのに色々残念だなってさ。
まあ、今はコマンドの言うとおりもう少し集中しようか。
「まあまあ。落ち着きなさいセルディア侯。きっと貴方はその溢れる知性と他の追随を許さぬ経験をもって家来衆を教育しているのだろう」
「なにを」
急な褒め殺しに警戒の色を浮かべるキルマーノさん。
流石にここでわーい褒められた! とはならないか。
「ただ、なぜその素晴らしい教育を施したであろう自慢の護衛諸君が、揃いも揃って私の家来衆一人にまとめて殴り倒されてしまったのだろうか」
そちらの教育が足りないんじゃないの? 人に求める前に貴方も責務を果たしなさいよ、というメッセージだ。
「兄貴、ネチネチ詰めるのやめてやれよ。どう考えてもこのおっさんが色々指導してるわけねえんだから」
ああ、自分は棚に上げて人には求めるタイプね。
確かにそんな感じ。
「貴様ら……どこまでも虚仮にしおって!!」
ヘッセリンク流の薄ら笑いを添えて煽り続けた結果、ついにセルディア侯が激昂する。
いや、ずっと激昂してたけど怒声のボリュームが一気に上がったから怒りがピークに達したんだろう。
それ、もう一押し。
「いやいや。正直なところ感心している。よくもまあその程度でオーレナングにやってきたものだ、とな。我が家も舐められたものだ」
はっきり見下していますと伝えたことで、鬼の形相を浮かべるお客様。
歯軋りが聞こえそうなその表情、とても素敵よ。
「私も人の親だ。ユミカの生みの親があの子に会いたいと望むなら叶えてやりたい気持ちはある。が、それが子供を政争の道具にすることしか考えていない、貴様と同類の脳内お花畑な阿保なら、断固として拒否させていただく」
こちらの気持ちを改めて伝えたところで、セルディア侯が勢いよく立ち上がる。
帰るのかと思ったらそうでもないらしい。
必死に表情管理をした結果、歪な笑顔を浮かべて高らかにこう宣言する。
「後悔しても知らんぞ、ヘッセリンク伯! いいか、聞いて驚け! ユミカ殿を連れ帰るべく、供回りに影の者を潜ませておいた! 今頃先ほどのメイドでも人質にユミカ殿のもとに向かっているはずだ!」
「それはまた物騒な。ジャルティク貴族は国外に暗殺者を連れてくる風習があるのか? あまり褒められたものではないからやめた方がいいと思うぞ」
なにい!?
暗殺者だなんて、そんなこと許さないぞう!!
とでも言ってほしかったのだろうが、心配するほどのことではない。
ジャルティクの内部闘争では影の者と呼ばれる暗殺者が盛んに使われていたことをグランパから教えてもらっている。
万が一のことを考えた配置に抜かりはない。
「なぜそんなに落ち着いている? 暗殺者だぞ? 下手をしたらメイドや執事達の命が危ないことをわかっているのがふっ!?」
もっと焦れよ! とばかりに目を血走らせたセルディア侯が身を乗り出してきたので、テーブルに飛び乗って喧嘩キックを叩き込んでみた。
敵対してるのに近づいてくるなんて馬鹿だなあ。
「自信ありげな顔が癇に障ってしまった。すまない」
ソファの上でもんどりうつお客様を見下ろしながら誠意のない謝罪を投げかけておく。
よし、謝ったから許されたな。
「落ち着いているのは慌てる必要などないからだ。内輪で権力闘争するしか能のない国で使われている暗殺者など、たかがしれている」
テーブルから降り、うずくまるセルディア侯の顎に手をかけて顔を上げさせ、視線を合わせる。
今の僕はどんな顔をしているだろうか。
【瞬間的に、この世で一番の男前にランクインしました】
照れるねどうも。
しかし、コマンド的には世界一でもセルディア侯の目には違うように映っているらしく、なぜかガタガタと震え出す。
「ちょ、待て、待ってくれ」
「落ち着いて。一目見た時からその男前な顔が気に入らなかったんだ。貴族同士、相互理解を深めるために殴り合いと洒落込もうじゃないか」
ーーー
《作者からのお知らせ》
未来のお話は、本日夜に投稿予定です。
ぜひ、そちらも合わせてお楽しみください。
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