第480話 生かして帰さぬ

 素敵な思い出をプレゼントするためにまず動いたのは身軽なメアリ、ではなくユミカのお父さんことオドルスキだった。

 ソファの背もたれを足場にしてその巨体を空中に踊らせ、剣を抜こうとするセルディア侯の護衛の一人の顔面にドロップキックを叩き込む。

 2メーター級のオドルスキ、しかも怒り心頭で一切の手加減を排除した殺意満点の空中殺法を受けたジャルティク人は床と平行に吹き飛び、壁に激突した。

 もしここが野外なら、あのジャルティク人は永久に地面と平行に飛んでいったのかもしれない、そんな勢いだった。

 ドスン! と重たい音を響かせて着地したオドルスキは素早く態勢を整えると、残る四人を相手に乱戦を開始する。

 表情に怒りはないが、むしろそれが深い深い怒りを示してるのかもしれない。

 きっと僕が指示した以上の素敵な思い出をジャルティクの皆さんにお届けするつもりなんだろう。

 オドルスキを囲むジャルティク人達も体格的には彼と遜色なく、よく鍛えられていることも一目でわかる。

 侯爵のお付きで国外遠征について来るくらいだから、きっと南国では指折りの実力者だったりするのだろう。

 だけど、だからなんだというのか。

 ここは世界と地獄の繋ぎ目オーレナングだ。

 たかだか人の世界で指折りの実力者がはしゃいでいい場所ではない。

 ハラワタ煮え繰り返った怒れるお父さんが相手ならなおさら。

 次々と突き出され、振り下ろされる剣を淡々と、軽々と避けながら一人、また一人とオドルスキが護衛の皆さんを殴り倒していく。

 全員が床に沈んで動かなくなるまでそう時間はかからなかった。

 

「なんと野蛮な……! ユミカ殿も可哀想に。このような礼儀も知らぬ腕力だけが自慢の田舎貴族に育てられては淑女としての教育など望むべくもありませんね!」


 色々と想定と違ったのだろう。

 セルディア侯がイケオジな顔面を青くしながらそんなことを仰る。

 確かにパーフェクトヘッセリンクの必須科目に淑女教育って含まれてないかもしれないな。

 ちょっと考えておくか。


「おう、声が震えてるぞ。おっさん」


 出遅れた結果、暴れるタイミングを失ったメアリがつまらなそうに指摘すると、セルディア侯がわなわなと震え始めた。


「お、おっさん!? このキルマーノ・セルディアを捕まえておっさんだと!?」


 今日一番の取り乱し方だ。

 なるほど、自己愛の深い人なんだな。

 確かに男前だからね。

 わかる、わかるよ。


「許さんぞレプミアのクソガキ!! 溺れ死ぬがいい!!」


 青筋を立て、歯を剥き出しながら魔力を練り上げ始めるセルディア侯。

 溺れ死ねっていうからには水魔法使いなのかな?

 もし癒しが使えるならこのまま手当せず追い出しても問題なさそうだけど、気性を考えると攻撃方面に偏ってそうだよなあ。

 ただでさえオドルスキが大暴れして絨毯とかボロボロなのに、そのうえ部屋を水浸しにされたらかなわない。

 ユミカの弟分マジュラスでも呼び出そうかと考えていると、すぐにその必要はなくなった。

 待ってましたとばかりにメアリがソファと僕を軽々と飛び越えてテーブルに着地し、右手に握った鈍く光る刃物をセルディア侯の喉元に突き付ける。

 背中しか見えないけど、それはそれは綺麗な顔で笑っているんだろう。

 

「だーめ。大人しくしとけよ、な? 他の兄さん方と違って俺はあんま喧嘩とかしたくないわけ。素直にごめんなさいしてくれりゃあこのまま帰ってくれていいんだぜ?」


 さっきまで早く暴れる合図を出せとプレッシャーをかけていたと言うのに、まるで怒ってなんかいませんよというように優しい声を出す美しい死神。


「だけどさ。おっさんがあくまでもうちの妹連れて帰るってワガママ言うんだったらさあ」


 セルディア侯に勝るとも劣らないうっとりするような低い囁き声に合わせて、敵の喉に向かってゆっくりと突き出される刃物。

 蛇のように執拗に追ってくる刃物から逃れるように、お客様の喉も同じ速度で後退する。

 

「やめ」


「よその貴族一人消すくらい、訳ないんだぜ?」


「ひいっ」


 押し付けられた刃物の冷たさに情けない悲鳴をあげる優男。

 安心してください、当たってるのはエッジじゃなくて背の方ですからね。

 死神の囁きと刃物の冷たさのコラボは、さぞ生きた心地がしないだろう。


「そこまでだメアリ。敵とはいえ他国の貴族だ。脅すような真似は行儀が悪いぞ?」


「このおっさん、自分とこじゃ命を狙う側の人間だろ? だから、命を狙われるっつう体験は貴重だろうさ」


 メアリなりに素敵な思い出をプレゼントしたつもりらしい。

 薄ら笑いを浮かべながら刃物をしまい、僕の背後に戻る。

 オドルスキも護衛全員が動かなくなったことを再度確認し、メアリの横に並ぶ。


「貴様ら、覚えていろよ!? このキルマーノ・セルディアにここまで恥をかかせたのだ! 絶対に許さんぞ!!」


 弱い犬ほど、とはよく言ったもので、伊達男の仮面をかなぐり捨ててきゃんきゃんと吠えるキルマーノさん。

 こっちの色々剥き出しのほうが好感が持てるな。

 そんなことを考えていると、お手紙を燃やした後は成り行きを静観していたエリクスが静かに手を挙げる。

 

「許さないとは? 具体的に仰っていただいてもよろしいでしょうか」


「ぐ、具体的に?」


 気持ちはわかるよキルマーノさん。

 覚えてろよ! や、許さないからな! なんてただの捨て台詞で、具体案なんかあるわけがないんだから。

 しかし、エリクスは逃がさないとばかりに言葉を続ける。


「ええ。可能な限り具体的にお願いします。その内容によっては無事にジャルティクに帰っていただくわけにはまいりませんので。どう許さないおつもりかお聞かせください」


 先ほどのドーピングファイヤーの記憶に加え、メガネに反射する光が生む怪しい迫力に、セルディア侯が口をパクパクさせている。

 

「ああ、こちらの考えを明かさなければ公平ではありませんね。伯爵様、自分からお伝えしてもよろしいでしょうか?」


 そう聞かれたのでとりあえず頷いておく。

 こんな打ち合わせなんかしていないので何を言うつもりか知らないけど、なんだかとてもおもしろそうなので任せてみよう。


「もし今回のことを恨み、我がヘッセリンク伯爵家に害をなそうと考えていらっしゃるならば、武装を解除していただいたうえで森の奥深くに放置させていただきます。心ゆくまで魔獣と戯れていただけますと幸いです」


「な、悪魔か貴様!!」


 マフィアかなにかかお前は!

 そんな明らかに生かして帰さない宣言されたら、そんなことしませんって言うに決まってるだろ。


「いえ? ただの駆け出しの文官でございます」


 天然なのか煽りなのか判断がつかない回答を残し、唖然とする僕達を置いてけぼりにして言葉を続ける。


「それと……。もし本日以降、我らの家族であるユミカちゃんをしつこく狙うようであれば、森にお連れする手間すら惜しい。二度とジャルティクの地を踏めぬと、そうご理解ください」


 

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