第479話 暴発よーい

 ついにお客様がやってきた。

 カイサドルさんからの情報のとおり約三十人の男達。

 その中から進み出てきたのは、満面の笑みを浮かべた長身痩躯の優男だった。

 歳は四十路くらいだろうか。

 光沢のある金髪を撫で付け、ジャンジャックのように片眼鏡をかけている。

 このお客様に対する僕の第一印象は、『胡散臭い』だ。

 直感でしかないし、人を見た目で判断するのはよろしくないと理解しているが、念のために警戒を一段上げるよう全員にハンドサインを送る。

 そんなアクションに気づいた風もなく、優男が優雅な仕草で一礼して見せた。

 

「初めてお目にかかる。私はジャルティク国王より西方の領地の一つを任されておりますセルディア侯爵家当主、キルマーノ・セルディアと申します」


 歌うような美声だ。

 第一印象が胡散臭いでなければ、聞き惚れていたかもしれない。

 

「レックス・ヘッセリンクだ。見てのとおりレプミアの森の番を任されている。この度は遠いところをようこそ。疲れておいでだろう。まずはゆっくり身体を休めてほしい」


 事前の取り決めに従ってそう伝えると、セルディア侯は芝居がかった大袈裟な手振りで休憩が必要ないことを示してくる。


「いえ、時間が惜しい。失礼かとは存じますが、早速本題に入らせていただきたい」


「おやおや。それなりに歓待の準備もしているのだが……まあいい。アリス、ステム。供の方々を食堂へ案内してくれ。セルディア侯と護衛の方々はこちらへ」


 二手に分かれると、セルディア侯についてきた護衛は五人。

 どいつもこいつも堅気とは思えない面構えだ。

 修羅場潜ってます感が凄い。

 迎え撃つヘッセリンク側のメンツは僕、メアリ、エリクス、オドルスキ。

 それを確認したお客様が僅かにいやらしい笑みを浮かべたのは気のせいだっただろうか。

 時間が惜しいという言葉のとおり、ソファに腰掛けた瞬間にセルディア侯がこう切り出す。


「現在こちらで預かっていただいている少女。名はユミカと言ったかと思いますが、速やかに我がジャルティクに返却していただこう」


 わあお。

 文字通り単刀直入だ。

 無駄な美辞麗句の海も困ってしまうが、ここまで前置きなしだとびっくりしてしまう。

 しかも返却だと?

 我が家の天使をなんだと思ってるんだ。


「これはこれは。初手からなかなか高圧的だな」


 余裕を見せるつもりか、ソファに深く腰掛け直し、長い足を組むセルディア侯。

 いちいち様になること。


「貴国の然るべき立場の方から文を出していただいたと思いますが? ユミカ殿は我が国の王家の血を引いているのです。国外にいていい存在ではない」


「風の噂では、王家の血を引いているにも関わらず、ジャルティクお得意の権力争いの一環で命を狙われた結果、我が国に逃がされたと聞いたが?」


 矛盾していることを指摘すると、両手を大きく広げて笑みを深める。

 

「ははっ、噂は噂ですよ。事実をお伝えすると、ユミカ殿の父君はやや被害妄想の気がありましてね。ありもしない敵意に怯え、我々が知らないうちにユミカ殿をレプミアに送ってしまったのです」


 そう言いながらすっと笑みを消し、一切不自然さを感じさせないように残念で仕方ないというような苦渋の表情に切り替えてみせる。

 表情筋の酷使が過ぎるが、自然にやってるなら大したものだな。


「それで十年も放置を? それはあまりにも冷たすぎると思うが。なぜ今になって迎えに来たのか。しかも、身内でもないらしい貴殿が」


 ここまで話してこの男がユミカの実の父親でないことはわかった。

 なら貴方は一体どの立場でレプミアまで来たんだい?


「ユミカ殿の父君は今体調を崩しているのです。それでも彼は自らレプミアに向かうと言って聞かなかったのですが、いや、説得には骨が折れました。最終的には親しい友人である私に全て任せると言ってくれましたがね。書状もこのとおり」


 父親の友人ポジションらしい。

 ユミカの実父のものと思われるサインが入った手紙を渡してくる。

 中身は娘に会いたいと切実に訴える内容で、最後に友人であるセルディア侯に全てを託すとあった。

 

「なるほど。セルディア侯に全て任せると確かに書いてあるな」


 会談内容の書記を任せたエリクスに渡すと、ざっと目を走らせて僕に頷きを返してくる。

 そのやりとりを見て満足そうに手を打つお客様。


「わかっていただけたようでなによりです。では、すぐにユミカ殿を引き渡してください。失礼を承知で申し上げますが、このような辺鄙な場所で育ってはいくら高貴な血でも腐ってしまう。国に帰り次第、最高の環境で最高の教育を施さなければ。十年の遅れを取り戻すため、多少厳しくなるのは避けられません。いくら美しかろうが、知性や品性が劣れば価値が下がってしまいますからね」


 では、おさらいしよう。

 この短時間でわかったことは以下のとおりだ。

 セルディア侯が男前かつ美声であること。

 セルディア侯がユミカの父親でないこと。

 セルディア侯がユミカのためにならない人物なこと。

 セルディア侯がどうやらヘッセリンクにも喧嘩を売っている様子であること。

 総合判定、敵。


【判定基準はガバガバですが、やむなし】


「よし、エリクス。やれ」


「はっ。燃えろ」


 コマンドの同意も得たところでエリクスに指示を出すと、ユミカの父親からの手紙とされる美しい紙屑を一瞬で燃やし尽くす。

 目の前で展開されたまるでグランパのような凶悪な火力に、セルディア侯が悲鳴を上げた。

 タネを明かせばなんてことはない。

 護呪符を使って一時的にドーピングしただけの脅しだ。


「なにを!? 正気かヘッセリンク伯!!」


 ああ、いいね。

 ようやく憎たらしい余裕が削げ落ちたじゃないか。


「おや、我が国の然るべき立場の者から説明がなかったかな? では改めて自己紹介をしようか。私はレックス・ヘッセリンク。恐れ多くも国王陛下より護国卿の地位を賜っており、森から湧く魔獣の討伐を生業としている変わり者だ。が、ここまでは全て忘れてくれて構わない」


 背後からは、オドルスキとメアリから早く合図を寄越せというプレッシャーを感じる。

 怒るのはわかるけど、落ち着けよ兄弟。

 

「大事なのはここからだ。よく聞け、招かれざる隣国の者よ。我が家の二つ名は『狂人』。そして、誇らしくも私は最もそれらしいヘッセリンクと呼ばれている。そんな私に正気を問うなどちゃんちゃらおかしい」


 そうせせら笑うと、暴力専門家らしい護衛達が殺気立ち、躊躇なく腰に提げた剣に手を伸ばす。

 最初からそのつもりだったんじゃないかと疑いたくなる動きだ。

 まあいいか。

 こっちも最初からそのつもりだったし、これでおあいこだね。


「お前達、お客様は宝を奪い、それだけでは飽き足らず売り飛ばそうとする悪党だったようだ。残念ながら仲良くできそうにはない。せめて二度とオーレナングに来たいなどと思わぬよう、素敵な思い出を作って差し上げろ」




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