第478話 もういくつ寝ると

 屋敷全体が日に日にピリついていくなか、表面上だけは今日も落ち着いた風のハメスロットが執務室に入ってきた。

 

「失礼いたします。今しがたカイサドル領から連絡が入りました。お客様が到着されたようです。オーレナングには、二、三日のうちに到着するとのこと」


 お隣さんには外国からお客さんがいらっしゃることを事前に伝えおり、その姿が見えたら教えてもらうようお願いしていた。

 しかし、あと二、三日か。


「隣まで来ているのにそんなに時間をかけるのか?」


 僕達ならカイサドルからここまで一日あれば走り抜けられるんだけど。

 そんな感想を漏らす僕に、メアリが刃物をクルクルと回しながら呆れたような視線を向けてくる。


「どこかの伯爵様みたいに単騎で飲まず食わずで駆けてきてるわけじゃねえから。外国のお客さんならまあまあの大人数なんだろ?」


 ああ、なぜかユミカ会いたさに単騎で駆け込んでくるのを想像してたんだけど、言われてみればそうか。

 常識的な貴族はお付きの人を置き去りにして当主自ら先行したりしないよな。


「そうだな。やってくるのは……、セルディア侯爵様だったかな? 侯爵というからには相応の陣容でやってきてるわけだ」


 レプミアでいうところのアルテミトス家やラスブラン家と同格だと考えれば、大貴族なんだろう。

 情報では王族の血も入ってるらしいし、頭から失礼ぶっこくわけにもいくまい。


「先日説明させていただいたはずですが?」


 初めて聞いたように呟く僕の言葉を拾い、ハメスロットが半眼でこちらを見てくる。

 やだ怖い。

 忘れてはいないよ、それよりも気を取られることが多かっただけで。


「本人の他に取り巻きやら護衛やら諸々含めて三十人くらいだったっけ? 多いのか少ないのかわかんねえけど、まあ足は遅くなるわな」


 全員が馬に乗ってるわけじゃないだろうし、なんなら当主さんは優雅に馬車の旅の可能性もある。

 なんでも自分を基準に考えちゃいけない、か。


「予定どおり出迎えには私とフィルミーが向かいます。怪しい動きがあればその場で殲滅も辞さないつもりで事に当たります」


 鼻息も荒くそう宣言したのは、ジャンジャックの行き過ぎた気合い入れで覚醒したオドルスキ。

 気絶から目を覚ますと同時に部屋を飛び出したオドルスキは、相当な時間をかけてアリスとユミカに対して自分がいかに二人を愛しているかを伝えたらしい。

 雨降って地固まるというやつだ。

 アリスからは母親としてユミカを手放すつもりがないことを、ユミカからはオーレナングを離れるつもりがないことを聞き、良くも悪くもやる気を漲らせていた。


「やめておけ。覚悟が決まって気合い充分なのはいいことだが、気が逸って先制攻撃など絶対にするんじゃないぞ?」


「はっ! 肝に銘じておきます」


 一応釘を刺しておいたけど、本当にわかっているのか不安になる勢いだ。

 幸い、同行者は戦闘員の中でも比較的最近まで常識人側に立っていたフィルミーなので、こちらにも指示、というか許可を出しておく。


「……フィルミー。オドルスキが暴発しそうになったら土石牢で閉じ込めておけ」


 土魔法における大規模な拘束魔法の使用を許可します。

 いくらオドルスキでもあれを受けたらそう簡単に抜け出せない、はず。

 そう期待を込めたものの、フィルミーはゆっくりと首を横に振ってみせる。


「私の魔力でオドルスキ殿を捕らえておけるか自信はありませんが、全力を尽くしましょう」


「あー、全員聞いてくれ。基本方針は、あくまでも相手の出方を確認してからの後出しだ。先方が良き友として振る舞うなら握手を、宝を奪う盗人なら拳を」


 僕がグッと拳を握ると、その場にいた全員がそれぞれの拳を強く握る。

 握手に反応した人間は実にゼロという清々しい結果だ。

 

「人のこと言えねえけど、揃いも揃って拳のほうの準備しかしてねえんだよなあ。これで良き友のほうだったら相当バタつくだろ」


 メアリが拳をグーパーさせながら笑う。

 好戦的な方に精神が振れている大人組も顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「ぜひバタつかせてもらえることを心から祈っているよ。友人なんて多い方がいいに決まっているのだからな」


 ブルヘージュだと神父様やメラニアが新しいお友達だし、バリューカにはアラド君がいる。

 ジャルティクには大叔母さんがいるけど、その他にも良縁を繋げるならそれに越したことはない。


「レックス様の仰るとおり。お客様がどんな態度であろうと即応できるよう、最終確認を怠らないようにしましょう」


 パンパンッと手を鳴らしたのは我が家の最高戦力ジャンジャック。

 

「爺さんの場合、森禁出されてっから暴れたくてウズウズしてんじゃねえの?」


 からかうように言うメアリに、ジャンジャックが気を悪くした風もなくさらりと応える。


「それもお客様がお帰りになるまでの期限付きですからね。どんな反応をされようとそう長いことではありません」


 オドルスキへの行き過ぎたケアのペナルティで森での狩りを禁止したところ、せめて期限を決めてくれと必死に食い下がられた結果、そのあまりの切実さにびびってお客様が帰るまでという超短期のペナルティとなっていた。

 だって怖かったんだもん。


「森に入れず目え血走らせた爺さんの前でオイタするようなことがあったら、お客さんの命が危ねえと思うんだよなあ」


「まさかまさか。そこまで血に狂ってはおりませんとも。第一義的に、私はヘッセリンク伯爵家の執事だということを忘れてはいません」


 もうすぐ刑期が明けることにウキウキの爺やが、優雅に一礼してみせる。

 ただ、その目はメアリが指摘したとおりバッキバキだ。

 一応、改めて引き締めておくか。


「ジャンジャックだけではなく、諸君全員に基本的には紳士的な振る舞いを求める。暴発してよしの合図はこちらで出すので、それまでは、どうか穏やかな笑顔を貼り付けておいてくれ。健闘を祈る」


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