第477話 ペナルティ
ある日の夕方、フィルミーとメアリが大怪我をしたオドルスキを担いで執務室に駆け込んできた。
死んではいないが、ぴくりとも動かないところを見るとどうやら気を失っているらしい。
そのあまりの状態にまた敵襲かと血相を変えて立ち上がった僕を、落ち着くよう制したのは同行していたジャンジャックだった。
「犯人はこの爺めでございますので、どうかご安心ください」
なんだそれなら安心だね! なんてことには当然なりはしないが、とりあえずエイミーちゃんの出産ケアのために長期逗留してくれている医者のフリーマを呼ぶようメアリに伝え、フィルミーにはアリスに事情を説明しておくよう指示を出す。
「では、師匠の凶行の責任をとって参ります。ジャンジャック様、一つ貸しですよ? あの秘蔵の酒で手を打ちます」
顔を歪めながらそう言うフィルミーに、早く行けとばかりに手を振ってみせるジャンジャック。
ここの師弟は知らない間にだいぶ砕けた関係になってるんだな。
メアリとフィルミーが退室するのを見送ったところでジャンジャックへの事情聴取を開始する。
犯人は非常に落ち着いた様子で、時折笑顔すら浮かべながらこう供述した。
『結論など一つしかないにも関わらず、くだらない悩みを抱えてフラフラしている姿に思ったよりも腹が立ったのでヤった。後悔はしていない』
いや、ジャンジャックにオドルスキのケアを任せたのは確かに僕だし、多少の小競り合いくらいはあるかと思ってたけど、予想を遥かに超えるオドルスキの状態を見て思わず頭を抱えてしまう。
「やり過ぎるなと念を押しておいただろうに……」
そう苦言を呈した僕に、ジャンジャックが笑顔を浮かべたままゆっくりと首を横に振る。
「オドルスキさんは我が家の重要な戦力です。彼に速やかに立ち直ってもらうためには荒療治が必要かと判断いたしました」
言ってることは概ね正しい。
そのためにケアをお願いしたんだから。
問題は、その加減だ。
「荒療治はいい。多少やり合うくらいなら目を瞑るつもりでいたさ。だが、気絶するほど殴れとは言っていないぞ?」
「いやあ、フラフラしていた割にはなかなか根性の入った拳を入れられてしまいましてな。ついつい」
元々トドメを刺すつもりはなかったが、情けないなりに気合の入った拳が飛んできたことを嬉しく思いつつも、それができるなら初めからやらんかい! と若干イラッとしたらしい。
うちの爺やがスパルタで怖過ぎる件。
「ついついでトドメを刺すやつがどこにいる……と、ここにいるのか。ボロボロになったオドルスキが担ぎ込まれてきた時には何事かと思った。ユミカに知られて泣かれても知らないぞ?」
流石のジャンジャックもユミカに泣かれるのには弱いらしいが、この時はむしろ胸を張って微笑みを浮かべた。
「全てはユミカさんのためにしたこと。後悔はありませんとも。まあ、爺めの指導でオドルスキさんも目を覚ましてくれたようですし、無駄ではなかったかと」
ジャンジャックが言うには、トドメを刺す直前のオドルスキから、相手が誰であろうと絶対にユミカを渡さないことや、ちゃんと家族で話をするという趣旨の発言があったらしい。
「ああ、手段はともかくその点についてはよくやってくれた。感謝するぞジャンジャック」
ケアの方法や加減については物申したいことが多々あるが、最終的に僕が望んだ形に落ち着いたことについては認めないといけないだろう。
「この程度ならお安い御用でございます。オドルスキさんのユミカさんやアリスさんへの愛は間違いなく本物。本人がそれを自覚しさえすれば、あとは上手く回ると確信しておりましたからな」
事情聴取のときとは違い、心からの優しい微笑みを浮かべて言うジャンジャック。
その凶暴な性質から人間味が薄いと思われがちな爺やだけど、他の家来衆に対しては人一倍の愛着や思い入れがあるようで、若い同僚達一人一人をとてもよく見てくれているのがわかる。
「血の繋がりはもちろん尊重されるべきではあるが、それを上回る愛情があってもいいと僕も思うよ」
オドルスキとアリスとユミカは間違いなく家族だ。
あの三人なら、きっと血の繋がりを超えていくことだってできる。
そう思えるほどの愛が、確かにそこにはあるから。
もしそれを否定する者がいるならば、僕が全力をもって排除してやろう。
「しかし、オドルスキには今後、一層の飛躍が期待できそうだな」
おそらく、長年頭の片隅でひっかかっていたであろう悩みが、ジャンジャックの肉体言語を駆使した熱血指導のおかげで解決に向かうはずだ。
悩みのなくなったパーフェクトオドルスキ。
これは一皮剥けた化け物が誕生する予感。
「ええ、ええ。間違いなく成長してくれるはずです。くっくっく、これは爺めもうかうかしていられませんな。若い者の越えるべき高い壁でいられるよう、森に入る頻度を上げなければ」
ワクワクが止まらないとばかりに目をギラつかせるジャンジャック。
「それはお前が森に入りたいだけだろう。ああ、僕の指示を無視してやり過ぎた罰だ。当面は執事専業として屋敷の維持に努めろ」
「そんなご無体な!!」
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