第475話 グランパに報告だ!

 お客様を迎えるため家来衆それぞれが動き出したのを確認し、僕は一人で地下に降りる。

 僕が来ることを知っていたように待ち構えていたのはグランパ。

 前置き抜きで今回の事案を説明すると、炎狂いと呼ばれる危険人物な祖父が不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「つまり、ジャルティクの人間が近いうちにやってくる、と。しかもユミカの親を名乗る人間が」


「ええ、王城からの文にはそうありました。これを」


 読んでもらうために持ってきた文を渡すと、ざっと目を通したあと必要以上の火力をもってそれを焼き尽くすグランパ。

 

「すぐ燃やす……」


 冷静かと思えば怒りに任せてこういうことするんだからなあ。

 

【レックス様はお祖父様に似たのですね】


 レックス・ヘッセリンクがその性質を受け継いでいる自覚はあるよ。

 

「おや、これは失敬。南の国が相変わらずのようでうっかり怒りが漏れてしまいました」


 王城からの文というまあまあ大事なものを消し炭にして、それをうっかりで済ませてしまう祖父のメンタルには憧れてしまう。


「まあ、王城からの文を後生大事にしまっておく趣味はないので構いませんが。とにかくそういうことなので上がバタバタするかもしれません。ご承知おきください」


 そう頭を下げた僕に向けられた祖父からの問いかけはとてもシンプルなものだった。

 

「レックス。どう対応するつもりですか?」


「どうもこうも。本当にユミカの生みの親が来て、泣く泣く別れることになった娘の成長を一目見たいのだと言うなら交流を妨げたりはしませんし、ヘッセリンク伯爵として歓待しましょう」


 これは家来衆のみんなにも伝えてある。

 ジャルティクからのお客さんが常識的かつ礼儀正しいという、みんなが幸せになる素敵な想定シナリオだ。

 

「もしそうでなければ?」


「これは既に家来衆にも同意を得ていますが、万が一ユミカを政争に巻き込むために遠路遥々やってきた愚か者ならば、相応に痛い目に遭っていただく予定です」


 我が家の天使を攫おうとするなら、ヘッセリンクの総力をあげて諦めていただこう。

 

「ユミカの実の親ならば、ジャルティクの王家に連なる高貴な血が流れる人物ですよ? 下手なことをすれば陛下からのお叱りは避けられません」


 陛下からのお叱りかあ。

 あまりおじさま方から叱られたくはないんだけど、僕にだって引けないことはある。

 今回はその最たるものだ。

 支配者が怖くてヘッセリンク伯爵なんてやってられるかってんだ。

 

「家来衆は僕の家族。その家族の一員に害を及ぼそうというなら、全力をもって排除させていただきます」


 例えそれが王様でも。

 そう言外に伝えると、グランパが眉間の皺を消してニヤリと微笑む。

 ここまで優しくない微笑みを浮かべられるのは、世界広しといえどもグランパだけだろう。


「よろしい。そこまで覚悟しているならば好きにしなさい。しかし、ムニエスにはこうならないよう上手く国の意見をまとめるよう伝えたのですが。失敗したようですね」


「大叔母様とそんな話を?」


 地下で二人っきりで話をしてたときか。

 あの時から大叔母さんはユミカがジャルティク人だって知ってたんだな。

 

「ええ。ユミカを見て自国の王族の特徴が出ていることに気付いたようです。おそらく貴族の責務として然るべき立場の人間に報告したのでしょうが、どうやらジャルティク王城は権力欲だけで生きている人間の巣らしい」


 微笑みタイムを終えたグランパが再び厳しい表情を浮かべて吐き捨て、僕も思わずため息をついた。


「その情報がよろしくない考えの人間に漏れたわけですか。どうしようもないな」


 信頼できる人間のお友達が信頼できるかなんてわからない。

 信頼できる人間のお友達が信頼できても、さらにそのお友達までいけばそれはもうコントロールできない。

 黙っておいてくれればいいのにと個人的には思うものの、貴族という生き物の性質を考えれば、大叔母さんを声高に責めることは憚られる。

 まあ、顔を合わせることがあれば文句の一つくらいは言うつもりだけど。

 ゴリ丸とオラトリオ伯爵領を散歩するくらいはきっと許されるだろう。


「正直、私は昔からジャルティクにいい印象を持っていません。というか、はっきり嫌悪しています。最愛の妻を国を挙げて追い出した愚か者の集団ですから」


 そうだった。

 元々グランパはグランマの件があって、がちがちのジャルティクアンチだった。

 

「若い頃にはエリーナの受けた仕打ちに対する報復として、密航しては目ぼしい貴族にちょっかいを出したものです」


 ちょっかいね。

 あれでしょう?

 エリーナの呪い。


「ああ、やはり呪いの正体はお祖父様でしたか」


 獲物の屋敷を燃やし、ボッコボコにしたうえで裸で往来に転がしてやるっていうとんでもない呪いの大元が目の前で笑う。

 

「はっはっは! 呪いだなんてちゃんちゃらおかしいでしょう? 毎年エリーナにすら内緒で海を渡ったのが懐かしい。もしジャルティクに渡る必要があるなら、ロソネラの港町にある魚屋を訪ねてみなさい。船の看板に華のような炎を模った印の店です」


 呪いの片棒を担いだ一派がロソネラにいるのね。

 港町の魚屋さんか。

 最近聞いたことあるな。

 デミケルのお祖父ちゃんって、グランパのことを尊敬してるとか言ってなかった?

 ……まさかね。


「船の看板に炎を模った印の魚屋ですか。覚えておきます」


「そこでプラティ・ヘッセリンクの縁者だと伝えれば、なにかしらの便宜を図ってくれるはずです。例えば、こっそりとジャルティクまで運んでくれる、とかね」

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