第474話 ケア

 僕の質問に、家来衆は鋭い視線を送ってくるだけで誰一人身じろぎもしない。

 くだらないことを聞くなと責めるような視線を頼もしく思いつつ、グランパのように唇の端を吊り上げてみる。


「誰からも意見がないということは、僕の方針に異議はないということでいいんだな? 下手をしたら、陛下の制止を振り切って我が家だけでジャルティクに攻め込むことになるかもしれないぞ?」


 最悪の場合、ジャルティク対ヘッセリンクを制したあと、連戦でレプミア対ヘッセリンクに傾れ込む可能性も否定できない。

 そこは王様の判断次第だけどね。


「結構ではありませんか。もし本当にジャルティクからのお客様が我々の家族を奪おうと目論んでいるのであれば、相応の痛手を負っていただきませんと」


 ジャンジャックが事もなげに言う。

 痛手を負わせる対象については敢えて聞かないが、やる気満々のようだ。

 

「それが誰を対象としたものでも関係ありませんが、特にユミカが目的となれば黙って見過ごすことなどあり得ません」


 クーデルが笑えば、メアリも頷く。

 ただし可愛い弟分の顔に笑顔はない。


「兄貴さえ許してくれれば俺とクーデルでジャルティクに遠征してくるぜ? なにをするつもりかなんて、野暮なことは聞くなよ?」


 本当に野暮だから聞かないよ。

 聞いたが最後、飛び出していきそうな雰囲気が漲っているから。

 こういう時には意外とクーデルの方が冷静なんだけど、今回はそうとも言い切れない。


「まあ待て。自分で言っておいてなんだが、あくまでもお客様がどうしようもない阿呆だった時の方針だ。今すぐにどうこうという話ではない」


「どうしようもない阿呆だった場合を想定して準備を行いましょう。しかし、ユミカちゃん本人には聞かせない方がよかったのでは?」


 フィルミーが心配そうに、大人しくアリスに抱きしめられたままのユミカを見つめながら言う。

 

「どう考えてもユミカは当事者だからな。大人の都合で子供を弾いて話を進めるのは公平じゃないだろう」


 我が家の天使は、自分もヘッセリンク伯爵家の家来衆だと何度も宣言している。

 なら、大人と見做して扱うべきだと判断した。

 この判断についてあとでオドルスキ達に怒られたらちゃんと謝ろう。


「ユミカ。もしかすると、お前には辛いことが起きるかもしれない。ただ、何があっても僕たちはお前の家族だ。例え陛下を敵に回そうとお前を守ってやるから安心していつもどおり過ごしなさい」


 ユミカにそう声をかけると、天使がいつもの笑顔で頷いてくれる。

 守りたい、この笑顔。


「はい! ねえお兄様。一つだけお願いしてもいい?」


 なんだ?

 新しい剣でも欲しいのかな?

 それとも竜肉をご所望か?

 それなら今から不眠不休で竜種を探し出してくるけど。


「もしね? 今度いらっしゃるお客様がユミカの本当のお父様だったら、ユミカは今こんなに元気に幸せに暮らしてるよって、伝えていい?」


「……ああ、もちろんだとも。伝えられるといいな」


 頑張れ僕の涙腺。

 オドルスキやアリスが涙をこらえてるんだ。

 彼らより先に僕が泣いちゃいけない。

 

 その後、口には出さないけど精神的な疲労が蓄積したであろうオドルスキ一家を先に退席させ、残った家来衆とお茶を飲みながら話を続けることにした。


「さて。ユミカの純粋さに心洗われたところで申し訳ないが、恐らく十中八九どうしようもない阿呆が来ると僕は予想している」


「理由を伺っても?」


 僕の碌でもない未来予想にハメスロットが厳しい表情のまま問い返してくる。


「オラトリオ伯からの話では、ジャルティクは今もなお権力闘争が趣味の馬鹿貴族が蔓延っているらしいからな」


 先ほども感じたように、ユミカを逃すしかなかったことは親として断腸の思いだったことは間違いないし、そうであってほしい。

 ただ、今現在何を考えているかというと、前向きな予想は立て難い。


「そんななかで、ユミカの実の親が迎えに来る? 手紙の内容を鵜呑みにするならあの子には低いながら王位継承権があるときた。正直、泣く泣く子供を手放した心優しい親が迎えに来る可能性は低いんじゃないだろうか」


 つまり、お客様はユミカを政争に巻き込もうとしている。

 そう考えただけでもはらわたが煮え繰り返りそうだ。

 みんなも僕の意見に同調するよう、再び目付きを鋭くさせる。


「なんにせよ、今の時点で敵の影を固めるのはよろしくありません。お客様をお迎えした後に慌てなくてもいいよう、柔軟に対応できるよう準備をいたします」


「ハメス爺、はっきり敵って言っちゃってるぜ?」


「失礼。今の段階では不適切でしたね」


 ハメスロットとメアリのそんなやり取りにほんの少しだけ場の雰囲気が和らぐが、ハメスロットすらもしっかり臨戦態勢のようだ。

 愛されてるねユミカ。


「まあ、敵が来るというつもりで構えておくとしよう。全員気を引き締めるように。あとは、アリスとオドルスキへの配慮を頼む」


「ユミカは含まないのですか?」

 

 クーデルが首を傾げる。

 仰るとおり、普通なら一番ケアが必要なのは子供であり当事者であるユミカなんだけど。

 

「さっきの言葉を聞いてわかったが、ユミカにブレはない。なら、今一番動揺しているのは我が家の聖騎士とメイド長だろう」


 血の繋がりがないことを考えていらんことで頭を悩ませてそうだからね、真面目夫婦が。

 僕の言いたいことを理解したらしいクーデルが軽く頷いて女性陣に声をかける。


「わかりました。ステム、リセ。アリスさんとお茶会でも開きましょう。女性だけの、ね? 各自手作りのお菓子を持って集合よ」


 気晴らしのお茶会か。

 うん、そういうのでいいんだ。

 オドルスキのほうはいっそメアリに任せてみるか、と考えていると、意外なことにジャンジャックが手を挙げる。


「ではオドルスキさんはこの爺めに任せていただきましょうか。揺れている場合じゃないと叩き込……叱咤しておきますのでご安心ください」


 任せる。

 でも、くれぐれもやり過ぎないでくれよ?

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