第473話 全体会議は殺気と共に

 久しぶりの全体召集を受けて家来衆全員が速やかに執務室に集合する。

 領軍からは隊長のオグが駆けつけ、新参のザロッタとリセも緊張の面持ちで控えている。

 

「皆集まったな。あー、デミケル。お前は外してくれて構わない。採用を決めたとはいえまだ学生の身だ」


 ザロッタ達とともに末席に控えているデミケルにそう声をかけると、首を横に振る。


「よろしければ、この場に留まることをお許しください」


 決して興味本位とは言えない、緊張を隠しきれない真面目な顔で言う内定者。

 ただ、あまり楽しい話ではないので無理に聞かせるのも憚られるんだよなあ。

 

「お勧めはしないな」


 僕の回答に、さらになにか言おうとするデミケルを手で制したのはクーデルだった。

 ここは私が、とばかりにこちらを見てくるので任せてみることにする。


「デミケル。伯爵様が家来衆全員に召集を掛けられる時は、その内なる狂気を解き放つという意思表示なの。当然私達家来衆はその狂気の向かう先にお付き合いする覚悟があるのだけど、今の貴方にその覚悟があるのかしら?」


 内なる狂気なんか解き放った記憶はないです。

 僕だけじゃ決められない重大事項について諮るだけだから。

 覚悟を問うたりもしてません。

 そう訂正する前に、今度はメアリが口を開く。


「悪いことは言わねえから今回はやめとけよデミケル。聞いたら引き返せねえ可能性があるからさ。な?」


 うん、そのくらいでいいんだよ流石弟分。

 しかし、二人に止められたデミケルはその鋭い目に強い光を灯して食い下がる。


「なおさら、絶対に参加させていただきたい。元より私はヘッセリンク伯爵家への仕官を避けるつもりはありませんし、学院と実家が許してくれるならば、このままオーレナングに留まって仕事を始めたいくらいです」


 わからない。

 そこまで我が家を気に入ってくれるような出来事があったか?

 面接のあと無理やり森に連れて行っただけじゃない?

 あ、マハダビキアのご飯が美味しかったとか。

 

「とりあえず中途退学などされたらお前のご家族やロソネラ公に顔向けできないから絶対に卒業してこい」


 ヘッセリンクに雇われるために退学しました、なんてロソネラ公の耳に入ったら良くないことが起きそうで怖いから。


「承知いたしました。もし伯爵様の気が変わって私はいらないと言われても押しかけるつもりでおります。なので、ぜひ家来衆の一人としてこの場に留まることをお許しください」


 頭を下げるデミケルの姿を見て、未来の上司であるハメスロットを含め、全員が頷いてみせる。

 

「誰も反対の者はいない、か。いいだろう。では全体会議を開始する。今日の議題は、王城からの連絡についてだ」


「またぞろ東の国あたりに動きでもありましたかな?」


 ジャンジャックが肩をすくめながら唇の端を吊り上げる。

 もしそうならちょっと行ってしばいてきますよ? とでも言いたげだ。

 

「先鋒は私に任せてほしい。伯爵様やみんなの手を煩わせることはない」


 メイド服に身を包んだブルヘージュ出身のステムが怒気を孕んだ目で訴えてくるが、そもそも東国が絡んでるなんて一言も言っていない。


「盛り上がっているところ悪いが、今回は東ではなく南だ」


「南というと、ジャルティクですか。先日オラトリオ伯爵様がいらっしゃったばかりですが、まさか南から戦の気配でも?」


 エリクスが真剣な表情で眼鏡を押し上げる。

 オラトリオ伯のところの護衛さん達と仲良くなっていたから、彼らが戦火に巻き込まれてるのではないかと心配になったのかもしれない。


「ジャルティクはジャルティクだが、まだ戦だなんだという話ではない。王城にジャルティクの王族に連なる貴族が訪ねてきたらしく、その方がオーレナングへの訪問を希望しているらしい」


 今回の手紙の用件は、オーレナングにお客さんが向かうから丁重にもてなしてね、というのが一つ。


「ジャルティクの王族に連なる貴族ですか。お館様にお知り合いがいらっしゃる、わけではないのでしょうな」


 もちろん学生時代の同級生だったりするわけがない。

 自慢じゃないが友達は少ない方だから間違いないはずだ。

 二つ目の用件は、相手方が明確な目的をもってこちらにやってくるから注意しろということ。

 

「ああ。話はこうらしい。十年近く前、ジャルティクの王族の血を引く天使のように可愛い赤ん坊が生まれた。しかし、権力闘争というお遊びが大好きなジャルティク貴族の中でも下衆かつ過激な一派が、下位とはいえ王位継承の資格を持つ赤ん坊の存在を疎み、その命を狙った」


「腐ってやがるねどうも。おじさん、そういう話大っ嫌いだわ」


「権力のために子供の命を狙うなんて、反吐がでまさあ。その子も可哀想に」


 料理人組が怒りを露わにする。

 特に、権力を笠にきた人種を毛嫌いするマハダビキアは、普段の飄々とした彼からは想像できないほどの険しい顔をしている。


「続けるぞ。その子の親は、次々と襲いくる悪意から腕力的な面で子供を守りきることができないと判断したらしく、懇意にしている穏健派の家を頼り、泣く泣く子供を国外に逃した」


 その判断自体は決して責められないし、親としては断腸の思いだったんだろうね。

 

「話が見えねえ。いや、その赤ん坊逃した先がレプミアだってのはわかるんだけど、なんだ、人探しでも手伝えってのか? ならうちじゃなくてゲルマニスやらカナリアやらのちゃんとした情報網待ってる家を頼った方がいいんじゃねえの?」


 他の家来衆もメアリ同様ピンときていないらしいので単刀直入に伝えることにする。


「まどろっこしいのはやめるか。その国外に逃がされた子供は、ユミカ。お前らしい。つまり、ユミカの親を名乗るジャルティク貴族が、我が家の天使を取り戻さんとここに乗り込んでくる」


 驚きに目を見開くユミカと、愛する娘を守るように抱きしめるアリス。

 オドルスキはもちろん、ジャンジャック、フィルミー、メアリ、クーデル、オグが全身から殺気を溢れさせ、室内の空気があり得ないほどの重さを帯びる。

 冷静に見えるのはハメスロット、エリクスの文官師弟コンビ。

 ただその目は据わっていて、頭の中では招かれざる客人を持てなす算段を整えているのだろう。

 普段のほのぼのとした穏やかな雰囲気から一変した空気に、新参の家来衆達が固まっている。


「このくらいでびびってんじゃねえぞザロッタ、リセ、デミケル。こんなのはまだ序の口だ。で? わざわざ全員集めた理由は?」


「外国からのお客様。しかも王族に連なる血をもった方が相手だ。丁重におもてなしをして素敵な思い出とともにお帰りいただこうと思う」


 相手に敵意がなければユミカとの交流を妨げる意図はない。

 元気に健やかに愛らしく育ったユミカを見て、安心して帰国いただこう。

 

「だが、もし、仮に、万が一、自分本位なふざけた態度を取るようならば、お客様にはヘッセリンクというものを骨の髄まで存分に味わっていただくつもりだ。最悪、ジャルティク本国にも意思表示のため乗り込むことも辞さない。そこで皆に質問なのだが、この方針に反対の者はいるかな?」

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