第472話 何度目かのお手紙

 蜘蛛狩りを終えて屋敷に戻り、我が家のお洋服番長ことアリスと、執事筆頭であるジャンジャックに戦利品である蜘蛛の糸を披露する。

 適当に保管に放り込んだそれらは、仕事ができる系サポーターのコマンドの手により1束ずつ綺麗に整えられていた。

 あとでたくさん構ってあげよう。


【約束ですよ?】


「これだけあれば全員分の制服を作るのに充分足りると思うがどうだろうか」


 本体が息絶えた途端にベタつきも粘つきも失われ、サラサラとした手触りに変化したそれを検分していたアリスが深々とため息をつく。


「充分過ぎます。どれだけ採ってこられたのですか。デミケル君も一緒だというのに無理はおやめください」


 メイド長としては、まだ正式には我が家の家来衆になっていない若者に無理をさせたことに苦言を呈さざるをえないらしい。

 

「いやいや、なかなか立派な態度だったぞ? ザロッタ達といいデミケルといい、若い世代の肝の太さには驚くばかりだ」


 誰も悲鳴を上げなかったことは快挙だと思う。

 我が国はもちろん、ブルヘージュの貴族の皆さんも絶叫マシーンに乗ったかと思うくらい叫んでたのに。

 

「それでもです。まだ学生さんなのですからご配慮くださいませ」


 アリスが念を押すと、庇ってもらっている側のデミケルが真剣な顔で進み出た。

 

「いえ、いいんですメイド長。ヘッセリンク伯爵家については自分なりに調べてきたつもりでしたが、まだ甘かったことを痛感しました。卒業までの間、立派な家族の一員となれるよう鍛え直してきます」


 メアリが放った家族というワードが気に入ったのかなんなのか、そこをすごく強調するのはなんだろう。

 いや、卒業後は間違いなく彼も僕の弟分になるんだけど。

 言外にどこか違うニュアンスを感じる気がするけど……、まあ頼もしいからいいか。

 

「期待しているぞ、デミケル。さて。魔獣由来の糸の加工方法なんて我が家に伝わってないし、知ってそうな先達に声をかけるとするか」


 材料はあるけど加工はできない。

 だから協力者を探す必要がある。

 幸い力のあるおじ様達とは複数仲良くさせてもらってるけど、そのなかで特に口が堅いとなると、誰がいいだろうか。


「デミケル君のことを伝える都合もありますので、ここはロソネラ公に助言を求めてみては?」


 最近色々とお付き合いが多くなって関係が出来上がってきるし、商人さんだから新しいアイテムに対する守秘義務の徹底も期待できるか。


「そうだな。他に頼れそうなのはカニルーニャの義父殿くらいか。一応そちらにも文を送っておこう」


 文官系貴族のなかでも有力で顔も広いお義父さんにも情報共有しておけば、もしかしたらいい話が聞こえてくるかもしれないしね。


「上手くいけば新しい収入源になるかもしれないからな。アリス、旗振り役を任せてもいいかな?」


「承りました。新しいお洋服の可能性の追求。きっと形にしてご覧に入れます」


 餅は餅屋だ。

 いや、アリスはメイドさんで服の専門家ではないけど、我が家においてはイリナと並ぶオシャレ上級者。

 イリナが稼働を控えるべき状態にあるなら、適任者はアリスしかいない。


「期待しているぞ。さて、デミケル。お前を預かれる日程はもう少し残っているがどうする? 学院に戻ってもよし、ここに残って職場体験してみるもよしだ」


「ギリギリまでオーレナングに留まることをお許しください。一つでもヘッセリンク伯爵家を理解して帰りたく思います」


 僕の問いかけに、一瞬たりとも迷うことなくそう即答してみせたデミケル。

 やる気に満ち溢れているのが見た目にもわかるほど、笑顔が輝いている。

 地下、はまだ早いけど、みんなの訓練風景とかも見学してもらってもいいかもな。

 

「やる気に満ちた若者というのは見ていて気持ちのいいものですなあ。爺めも見習わなければなりませんか」


 そんなデミケルを見てジャンジャックが笑みを浮かべる。

 やる気の塊だからね、うちの爺やは。

 ブレーキをかけるような真似はしない。


「お前には敢えて無理をするなとは言わないでおこう。きっと今のお前を害せる生き物は森にはいないだろうからな」


 そんな話で盛り上がっていると、未来のデミケルの上司であるハメスロットが入室してきた。


「伯爵様。よろしいでしょうか」


「おお、ハメスロット。喜べ、制服作りのための糸が大量に手に入ったぞ」


 糸を一房摘み上げてひらひらと振ると、表情一つ変えずに頭を下げる。


「お疲れ様でございます。そしておそらくこれからもう一つ疲れていただくことになるかと」


 いい予感が一つもしない導入。

 その手には真っ白な封筒が握られていた。

 もうこのやりとりも何度目だろうか。

 封筒の混じりっけなしの白だけでどこからの手紙かわかるようになった僕を誰か褒めてもらいたいくらいだ。


「王城からの文、か。あー、読みたくない。読まずに燃やしてみてもいいだろうか」


「届けた者が罰を受けるのでおやめください」


 だよね。

 流石にそんな馬鹿なことは少ししか考えていないよ、と。


「半分冗談だ。さて、なんだろうな。出てこいと言うなら拒否させていただくが……」


 どうせ美辞麗句が並んでいるだけの一枚目から三枚目あたりを読み飛ばし、最終ページらしい四枚目に視線を走らせる。

 んー、予想どおり厄介ごとだ。

 しかもそこそこ大き目の。


「ハメスロット、家来衆を全員招集してくれ。全体会議を開く必要がありそうだ」


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