第471話 蜘蛛おおお!! 

 物欲センサーという概念がある。

 オーレナングに来てからの僕だと、竜の肉が欲しいと思って森に出ると必ずと言っていいほど空振りに終わるというのがまさにこのセンサーに引っかかった結果とみていいだろう。

 そして今回。

 制服用の蜘蛛の糸を求めて森のなかを疾走した結果、まあ出るわ出るわ蜘蛛の大群。

 物欲センサーちゃんと仕事しろよと苦言を呈したくなるレベルで蜘蛛が襲いかかってきた。

 

「入れ食いじゃないか!! おいで、ミドリ! メゾとタンキーはミドリを守れ!」


 狼モードのミドリが着地と同時に嬉々として蜘蛛の大群の真っ只中に飛び込んでいった。

 その尻尾から分かれた二体に指示を出すと、わかっていると言うように咆哮を上げて後を追う。

 さながらお転婆なお姫様を守る騎士だ。

 糸を吐き散らかしながら抵抗する蜘蛛を次々と食い散らかしていくミドリ達狼三頭。

 森初心者のデミケルは、声も上げずその光景に見入っていた。


「お? 兄貴の召喚獣を見ても驚かねえんだな。感心じゃねえの」


 護衛役のメアリが声をかけると、首を横に振りながら弱々しい笑みを返した。

 

「驚き疲れただけです。これだけ魔獣の姿を目の当たりにすればいちいち反応していられません。それに、あの狼? は味方なのでしょう? ならば、怖がる必要はないかなと」


 敵味方の区別が付いている時点で合格点をあげていいレベルだ。

 なんなら蜘蛛より狼状態のミドリの方がよっぽど威圧感があるから。

 

「一周回って冷静になってるのね。まあ、いいんじゃない? エリクスなんか最初はビビりまくってたし」


 ああ、試しに森に連れて行ったら腰を抜かして歩けなくなってたっけ。

 オドルスキにおぶわれて帰ったのが懐かしいなあ。

 それを思えば、ザロッタやリセは深層まで、デミケルも浅いとはいえ中層まで自分の足でやってこれたんだから立派なものだ。


「エリクスさんは、単独かつ無断で森に侵入したと聞きましたが、本当なのですか? 腕力に自信がある先輩ではなかったはずなのですが」


「単独かつ無断で、というのはそのとおりだな。自慢の技術を活かして家来衆の誰にも気づかれず森に辿り着いた」


「ま、そこで持ってきた道具使い果たして動けなくなってたんだけどな」


 めちゃくちゃな火力のあとを残したところで護呪符を使い果たし、にっちもさっちも行かなくなって姿を消して震えていた若者が、いまや我が家を支える重要な人材になっているんだからわからないものだ。

 

「エリクスもあの頃に比べたらだいぶ身体が引き締まっただろう。顔立ちも精悍さを増したと評判だぞ」


 今のエリクスはムキムキとまでは言わないまでも、もう一歩で細マッチョと呼んでも差し支えないくらいには鍛えられている。

 オドルスキに組んでもらったトレーニングは相当な効果があるらしい。


「それはわかります。学院で何度か見かけたことがありますが、その時はもっと緩んだというか、鍛錬とは縁遠い体型をされてたように思います。表情もどこか虚ろで、後輩一同声をかけるのも遠慮せざるをえない、孤高の先輩でした」


 研究に没頭しすぎて体調崩してたんだろうなきっと。

 学生時代のエリクスの不健康な生活を思って顔を覆う僕の隣で、彼の親友らしいメアリは大爆笑だ。


「孤高!? エリクスが!? はっ、そりゃいいや。帰ったらいじってやろ。体型については、生きてるだけで筋肉がつくからな、オーレナングは」


 生きてるだけで筋肉がつく。

 そんな素敵な場所がこの世にあるらしいですよ?

 そう、オーレナングってね。


【なんだ、地獄じゃないですか】


 シャラップ、コマンドさん。


「文官なのに、ですか?」


「勘違いしてるみてえだけど、エリクスは半分文官半分戦闘員だぜ? 俺やクーデルなんかと定期的に森に入るからな」


 僕の認識では半分文官半分研究者なんだけど、メアリ的には戦闘員らしい。

 斥候技術を習得しようと今でもフィルミーを捕まえては色々教えを乞うてるみたいだし、いざとなればその力を借りるかもしれないが、それは最後の手段だ。


「デミケル。心配しなくてもお前は完全に文官としての採用だ。生きてるだけで筋肉がつくような状態にはならないから安心しろ」


「つまり完全にハメス爺の後継者ってことだな。期待してるぜ。なんか困ったことあったら言ってくれ。このとおり、俺はこの狂人様にも生意気な口叩けるからさ、っとお! 兄貴!」


 雇い主に生意気な口を叩けることに胸を張るなとツッコむ前に蜘蛛のおかわりがやってきて糸を射出してくる。

 デミケルの前に立ち、糸を切り払いながらメアリが叫んだ。


「はいはい。人使いの荒い弟分だ。ミドリ! メゾ! タンキー! 絶対に逃すな!」


 ある程度蜘蛛を蹴散らして僕のそばにお座りしていた三頭が、再び蜘蛛の大群の中に飛び込んでいく。


「召喚獣を手足のように……すごい」


 呆然と呟くデミケルの言葉を聞き、メアリが笑う。


「あ、先に言っておくけど伯爵様は召喚獣を家族だって言って憚らない変人だから。お前もそのつもりでいてくれ。くれぐれもあいつらを魔獣扱いするのはやめておけよ?」


「家族」


 その何気ない言葉の何かが刺さったのか、デミケルの瞳に光が灯る。

 

「ああ。兄貴にとっては家来衆も召喚獣も家族らしいからな。そう言う意味ではお前は俺の弟か? 仲良くしようぜ兄弟」


「……兄貴分にしては顔面が綺麗すぎますね、メアリさんは」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る