第470話 森の中で捕まえて

 僕、メアリ、そしてデミケルの三人で森を征く。

 目的は魔獣由来の糸を必要量手に入れること。

 意外と言ってはなんだけど、筋肉モリモリのデミケルがそこそこ俊足だった。

 足の速さだけなら鈍足系伯爵の僕より遥かに上なんじゃないだろうか。

 まあ、さっきから魔獣に追い立てられてるからアドレナリンの効果もあるかもしれないけど。


「走れデミケル! そんなことじゃあ森で生きてけねえぜ!?」


 笑顔のメアリがデミケルと並走しながら発破を掛けた。

 デミケルの身体に迫る魔獣を打ち払いながら、必死に走る後輩に遅れることなく涼しい顔で走り続けているのは流石だ。


「無茶を言いやがる! こちとら年がら年中暗え研究室に篭ってるっつうんだ! 勘弁しろよ!!」


 面接中は見た目に全くそぐわない丁寧な言葉遣いだったが、今はそんな仮面をかなぐり捨ててべらんめえ口調で捲し立てる。


「あっはっはあ! なんだそっちが素かい? いいじゃねえか、兄貴連中はみーんな上品だからな! いっそのことそっちで通しちまえよ!」


 確かに我が家の家来衆は基本的にみんな口調が穏やかで上品ではある。

 というかタメ口きくのなんてメアリとマハダビキアだけだ。

 別にデミケルがタメ口でも僕は怒りはしないが、ハメスロットあたりの指導が入るんだろうな。

 

「冗談、言わないでください! くそっ、なんで伯爵様まであんなに走れるんだおかしいだろ!!」


 デミケルがそんな悪態をつくが、僕だって訓練を疎かにしているわけではなく、定期的にちゃんと鍛えてはいる。

 特に、動けない魔法使いなんてクソの役にも立たないというグランパの教えに沿って走り込みを続けた結果、若干ではあるが足が速くなった気がしなくもない。


「馬鹿お前、レックス・ヘッセリンクの体力舐めんなよ? 何日も不眠不休で馬走らせても疲れたのつの字も出てこねえ化けもんだぞその人は」


 しかし、クローズアップされるのはスタミナの部分なんだよなあ。

 確かにスタミナと魔力量ならそんじょそこらの魔法使いに負けない自信がある。

 誰が相手だろうと泥試合に持ち込めさえすれば僕の勝ちだ。


「そんな情報、もらってません! あの性悪教師、意図的に情報絞りやがったな!!」


 ムスタ先生が僕のスタミナについて知っていたかと言われれば微妙と言わざるを得ない。

 もちろん身体能力の僕のデータくらい学院には残っているだろうから目を通していた可能性はある。

 しかし、面接に向かう愛弟子に、『あの伯爵、スタミナすごいから気をつけろ!』という情報は与えないだろう。

 その情報が役に立つ場面が思い浮かばない。


「レックス・ヘッセリンクがとんでもねえ体力自慢だなんてあんま知られてねえと思うが、先生方は知っててもおかしくねえか。ま、そんなこと教えたって面接に関係ねえって判断は責められねえだろ」


 同じような感想を持った様子のメアリが追いかけてきていた魔獣にトドメをさし、ようやく息を整えることができると倒れ込んだデミケルに水筒を渡してやる。


「なかなかどうして、元気じゃないかデミケル。その身体は見た目だけじゃないということか。感心感心」


 もう少し早くばてるかなと思ってたけど、浅層を走って横断するくらいの体力はある、と。

 文官候補とはなんだろう。

 

「くっ、本当に汗ひとつかいていらっしゃらないのですね……」


 よろよろと立ち上がりながら、信じられないものを見るよう目でこちらを見つめてくるデミケルは既に汗だくだ。

 メアリもうっすら汗ばんでるくらいだから、きっとおかしいのは僕の方なんだろう。


「底なしの体力というのが数少ない自慢できる部分ではあるな。どうだ? 初めてのオーレナングの森、初めての魔獣の姿は」


「想像の何倍、いえ何十倍も恐ろしいことがわかりました。今も気を抜いたら膝から崩れ落ちそうです」


 言われてよく見ると、確かに膝が震えているのがわかるが、それは笑っていいものではなく、むしろ賞賛されるべきだ。


「崩れ落ちそうなだけで実際に崩れ落ちてないのだから胸を張っていいぞ。男の意地だけで立っているのだろう? 立派なものだ。いっそうお前を家来衆の列に加えたくなった」


 こんな逸材、よその家に取られないよう学院にも強く配慮を求めておこう。

 ロソネラ公には商売上の譲歩を約束しないとな。

 

「お褒めいただき光栄です。それで、どこまで行くのでしょうか。恥ずかしながら、限界が近いのですが」


「安心しろ。もう着いた。まあ、目的の相手と出会えるかは運次第だがな」


 やってきたのは浅層と中層の境目辺り。

 目的はドランクスパイダーをはじめとした蜘蛛型魔獣の討伐だ。

 ジャンジャックとオドルスキ、フィルミーに確認したところ、この浅めの場所でそれらしい姿を見たとの情報を得た。


「蜘蛛型の魔獣ねえ。兄貴が直接見たことあるのはドランクスパイダーとかいうやつだけなんだろ?」


「ああ。ただ、糸を吐いてくれるなら蜘蛛じゃなくてもいいんだ。あくまで目的は制服の素材集めだからな」


 ミノムシとかも糸を吐くんだったっけ?

 まあ、この世界なら蝶やカブトムシが糸を吐いても驚きはしないけど。


「だから既製品の布でも十分いいものができるって言ったのに聞きゃしねえ。わざわざ学生さんを連れてきて危険に晒す必要ねえだろ」


「その割には随分楽しそうに並走していたみたいだが?」


「新しい仲間が増えることはいいことだからな。ヘッセリンク伯爵家がまた強くなると思えば楽しくもなるさ」


 メアリがケラケラと笑う。

 屋敷からここまで、誰一人としてデミケルを連れ出すことに反対しなかったんだから立派なものだ。

 それだけみんなが彼の加入を心待ちにしている証拠だろう。


【言っても聞かないから諦めているだけでは?】



 

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